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オブジェクト思考ブロギング

「遺伝子医療革命」 フランシス・コリンズ

ヒトゲノムプロジェクトの総責任者であったフランシス・コリンズが一般向けに書いた本。フランシス・コリンズは現在NIH(アメリカ国立衛生研究所、アメリカの医学研究の総本山)の所長となっており、オフィシャルな力でいったら、最も影響力の強い研究者と言える。


本書は遺伝子医療の概観を示したもので、非常にバランス良く、わかりやすい。総論としては最もお勧め。人間の遺伝子が解析され、様々な病気のリスク遺伝子が解明されるとともに、薬に対する感受性や副作用の出やすさなども、遺伝子からのアプローチである程度個人差が説明できると見込まれる*1。それらが可能となり、またDNAを解析することが安価にできるようになれば、まさにオーダーメイド医療。というか、アメリカでは既に個人のDNAを解析して、癌などのリスク情報を提供するサービスがある。例えば23&Me(グーグル創業者セルゲイ・ブリンの奥さんがやっている会社)とかNavigenicsとかdeCODEme.comとか。



既に病気のリスク遺伝子は様々なものが発見されている。本書では黄斑変性症、癌、糖尿病が取り上げられている。もちろん多くの疾患は遺伝子1つで説明できるわけではなく、まだまだ道のりは長い。でも道の先は徐々に見えてきているようだ。興味深いのは、浮気などの文化的事象も説明しうるかもしれないという話。例えばバソプレシンというホルモンの受容体の多少の違いで、乱交的な傾向か一夫一妻的な傾向かという違いで出るという報告がネズミレベルであるが、人間の世界にも示唆的である。あと、新しいもの好きかどうかも遺伝子レベルで説明できるのではという話もある。いずれも若干眉唾だけど、興味深い。


遺伝学(ジェネティクス)に対してエピジェネティクス*2も面白そう。遺伝子だけでなく、エピジェネティックスのデータも網羅的にわかると、更に踏み込んだ話ができそうである。genomicsからepigenomicsへ。このあたりは自分が興味ある対象。



以上は人間の遺伝子に対しての話だが、実は微生物の遺伝子にも大きな可能性がある。単に感染源になるから抗生剤のターゲットとして解析が必要というだけでなく、人間は細菌に囲まれて暮らしており、例えば肥満になるかどうかは腸内細菌の構成で大きな影響を受けると言われていたり、小児の湿疹に関しても、皮膚の常在菌が関連しているとか言われている。人間を微生物を含めて総体(ヒト-微生物-複合体)として捉えると、実はヤツラは我々の体のサブメンバー(サブ細胞)とも言える。microbiomeが大事なん。


そこで常在菌の解析が健康につながってくる。遺伝子組み換えのコストダウンによるベンチャーラッシュ?(The Economist) - ideomicsでも触れたが、微生物レベルでは遺伝子操作がかなり手軽にできるところにきつつある。これまでプログラマーというとITの世界の話であったが、これからは、DNA programmerというのも職種に入ってくる可能性がある。人間の遺伝子に介入するのは倫理的なハードルがでかいが、微生物のgenetic engineeringであれば参入もしやすそう。このあたりは起業家のがんばりどころかもしれない。というか楽しみだ。


例えばこんな人も
クレイグ・ヴェンター - Wikipedia
色々物議をかもしている人だけど、ひとつのカリスマであることは間違いないだろう。



とはいえ、遺伝子医療の進展にはリスクも。遺伝子操作による危険な変異も当然ながらリスクだけど、倫理的な課題。例えば、病気の治療以外に、背を高くしたいとか、目を青くしたいなどの操作が今後ありうるから。



はそういった倫理面でのサンデル教授の提案。正直あんまり新しみもなく、そんな面白くなかったけど。

*1:pharmacogeneticsという学問

*2:エピジェネティクス - Wikipedia