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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

精神医学から臨床神経科学へ:4つの不都合な真実

先日、NIMH所長Thomas InselのAPA講演“From Psychiatry to Clinical Neuroscience: Four Inconvenient Truths”をウェブ視聴した。内容自体は、現状の精神医療の課題(インセル氏のFour Inconvenient Truthsは、高止まりする自殺率など、社会における課題)を、神経科学によって解決しようというトーン。当然向かうべき方向であるが、社会的課題の解決に当たって、現実的なハードルがいくつかある。戦略的に事を運ぶにあたって、現状課題となるハードル(研究的な文脈での課題)はどういったところにあるか、というのを(どれも当たり前のことだけど)ちょっと整理をしてみたい。


不都合な真実1.分類の曖昧さ>

教科書的には、DSM(的な分類)がゴールドスタンダードで、臨床においても研究においてもしばらくは変わることはないだろうが、精神医学的現象を明晰に捉えているとは言いがたい。生物学的な背景を詰めていくには、精神現象の捉え方を再検討する必要がある。2014年現在でも色々な分類や捉え方が、春秋戦国時代のように群雄割拠している。それぞれ想定している学問的なモデルがある。ざっくりシェーマにすると*1

精神分析:文学~ナラティブ?
・精神病理:哲学(現象学?)
・ディメンジョン:心理学
DSM:内科学
・Research Domain Criteria (RDoC)*2:神経科学
・遺伝子:遺伝学

といった感じだろうか。精神現象の人間的なリアリティを重視するか、生物学的背景を重視するかによって、重視する見方が変わっていく。どれも一長一短で、曖昧と言える上に、色々な分類を尽くしても捉えきれない現象が多々あり、この未成熟さが課題でもあり、精神現象の奥深さの反映でもあると思う。


Insel氏は当然RDoC推しで、長期的には最も妥当だと思うけど、まだ概念的なレベルで、前途洋々な状況とは言えない。メカニズムと精神現象を行き来することで、その対応を綺麗につけようという発想だが、RDoCマトリックス*3のどこから始めるかというのは難しい。というのも、後述するように原理的なハードルもあるから。


2014年現在に限定して言えば、おそらくゲノムによる分類が有望株だろう。ゲノムの情報的な価値は明らかであり、解析技術の成熟と明晰な議論が可能であることに加え、モデル動物や疾患iPS(→オルガノイド)作成など、その後の戦略も立てやすい。特に、genotype firstというアプローチで、精神疾患を一旦メンデル遺伝病様に、「因数分解」してみよう、genotypeとphenotypeを一対一対応させてみよう、というのは一定の合理性・妥当性がある。

精神疾患ゲノム研究 2014年7月現在 - ideomics


不都合な真実2.モデル動物とヒトの差>

精神医療の臨床現場では問診による診察が中心になるが、言葉が使えない動物に対しては問診は成り立たず、行動観察ベースの議論になる。従って、フェノタイプそのものを対応させるには、behaviorやanatomyといった、精神医学からは若干亜流的なものの見方が、ヒトに対しても必要になる。やや生物学に踏み込むとすると、エンドフェノタイプ(フェノタイプよりは一段メカニズム寄りだろうと想定される現象)に注目して、モデル動物とヒトと共通する仕組みを探索していくのが、現在の生物学的精神医学の主流だ。


しかし、モデル動物とヒトでは、遺伝子から脳構造まで、進化の過程で変わっているのは事実であり、原理的に観察できない現象もあるだろう。基礎的な仕組みは共通だと思われているし、できることは相当に多いと思うが、違いの少ない部分にフォーカスするような工夫や、差異の自覚は常に必要そう。科学活動は、解けるところから解いていくので、研究成果自体はどんどん出てくるだろうが、精神という概念自体が、ヒトをヒトたらしめているものといったニュアンスを纏うこともあるので、生活へのリアリティを求めるほど話は難しくなる。先述の通り、どういった現象を捉えようとするかという切り口がここでも問題になる。


モデル動物では遺伝子操作や環境暴露での疾患モデリングが王道となっているが、後述するようにヒトでは適用不可能なことが多いので、基礎的な原理やアーキテクチャーの理解から、"理論的に"ヒト脳への理解につなげるという、他の科学よりはspeculativeな一種の飛躍も必要になるかもしれない。ここも脳ならではの難しさと奥深さがある。


不都合な真実3.ヒト脳試料の困難>

言うまでもなく、生きた状態のヒトの脳を直接アプローチすることはできるわけもなく*4、脳に対しては当面、MRIのような非侵襲的な方法か、postmortem brainに対するアプローチになる。postmortem brainはかなり貴重な試料であり、非常に数が限られている。このアプローチの倫理的・社会的な洗練は短中期的に大きな課題だ*5


今後、iPS細胞から脳様の組織(オルガノイド)を構築する方法が進歩し、遺伝因子にせよ環境因子にせよ、iPS細胞・オルガノイドでの観察はしばらく強力なアプローチにはなりそうだが、これもモデルの範囲(in vitro)であり、生きた状態の観察(in vivo)と言い切るには難がある。とはいえ、中期的には、間違いなく主流となる方法だろう。


圧倒的なブレイクスルーを目指すなら、非侵襲的に解像度高く脳活動の観察ができる方法の開発だが、相当な覚悟が要りそうだ。いずれ避けては通れない道なので、気概があればこの道が王道のひとつ。計算機で脳のシミュレーションをして、いわば人工脳・シリコン脳で計算論的に、理論的に説明するというのは、成り立てばとてもエレガントだが、しばらく遠い。EUのHuman Brain Project (HBP)に期待されるが、HBP自体も先行き不透明感がある。一般的なDNA/ゲノムにしても、in silicoアプローチはなかなか現実と解離しやすいので、脳においては一層な困難がある。とはいえ、計算論的病理学が成り立てば、これはブレイクスルーとしては圧倒的。


不都合な真実4.ドラッグ・デリバリーの困難>

医療という以上、介入なり治療なりが伴うことがほとんどわけだが、いわゆる薬=化学物質を用いる時に壁になるのが、脳の細胞種・場所特異性。同じ領域にあっても、様々な細胞種があり、また場所によっても機能が、かなり細かいレベルで異なる。このレベルの解像度でドラッグ・デリバリーをするのも難関のひとつだ。より現実的なレベルでは、Brain Blood Barriarも無視できない。薬=化学物質以外の方法というと、DBS, TMSといった電磁気的刺激があるが、それ以外のアプローチはありうるだろうか。というのも論点のひとつ。



1→4という順番で、原理的な困難→物質的な困難という感じ。悲観的になる必要はないものの、これらハードルをどう越えていくか(回避していくか)は、戦略的な前進に必要な考察になるだろう。

*1:以下MECEはまったくない

*2:NIMH » Research Domain Criteria (RDoC)参照。RDC: Research Diagnostic Criteriaという似て非なるものもあるので注意

*3:http://www.nimh.nih.gov/research-priorities/rdoc/nimh-research-domain-criteria-rdoc.shtml#toc_matrix

*4:厳密な同意のもと、脳外科手術中の電気刺激などあるが、基本的には限定的なものになる

*5:『脳(ブレイン)バンク 精神疾患の謎を解くために』参照: