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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

隠喩としての『アナと雪の女王』

メモ

(以下内容を前提に)

アナと雪の女王』のエルサを、「能力高いけどコミュスキル不足で、その能力を活かせず他人を傷つけがちで、ゆえに他人と接することができず孤独がちな人」*1と捉えると、心理学・精神医学周りの話としても含蓄が深い。


というのも、そういった人物が、近しい人の愛で自分の居場所を見つけつつ、能力をポジティブな方向で全開に活かすことができた/できるというストーリーが、現実にある課題へのひとつの解答となりうるから。実際自分の近くにも顕著な成功例がある。


心理学・精神医学周りは神経科学/分子全盛で、それはそれで大事だけれども、「人間的、あまりに人間的な」現象になるほど多分無力で、結局は2000年前から言われてるようなことに落ち着くのだろうなあと思ってしまう。もし2000年前と同じなんて嫌だと思うとしたら、その実装の方法を現代的な形(テクノロジードリヴンな発想で)で考えるのは温故知新的なアプローチ。


AIは愛を実装できるか?


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雪だるまのオラフのような道化役って、ピクサー作品だけじゃなく『リア王』とか他の作品でも、シリアスなトーン一色にならずに楽しめるよう重要な製作テクニックだけど、考えてみれば、こういった役割のものは実際の人生にも大事だ。自分の横にいて馬鹿らしく茶化すような。超自我とは違う方向から、自分を横から統制するような。というのもシリアスになりすぎるのって往々にして「病」だったりするから。何か精神分析ぽい名付け方をしたいけど思いつかず。

*1:精神医学界隈だと、俗に言うところのアスペルガー症候群というカテゴリーと親和性があるかもしれない