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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

『人生がときめく 片づけの魔法』 近藤麻理恵(こんまり)

これはスゴ本。やばい。「片付け本というより思想書」とは某先輩の言だが、間違いなくこれは思想書であり、現代日本における最重要な本のひとつだ。題名の通り「片付け」という行為のコンセプトと方法を示したものだけど、片付けという行為におさまらない広がりを持っている。モノと人間の付き合い方の哲学。



方法論としてざっくり言えば、
「触ってときめくものだけを残して後は捨てる。残すかどうかはときめきが命」
「ときめいたモノだけ残して、定位置を一つ残らず決めてあげる」
という2大原則につきるのだが、片付けという行為が持つ意味合いも説いてくれる。

自分という人間を知るには、机に向かって自己分析をしたり、人に話を聞いたりするのももちろんよいけれど、片づけするのが一番の近道だと私は思います。持ちモノは自分の選択の歴史を正確に語ってくれるもの。片づけは、本当に好きなモノを見つける自分の棚卸しでもあるのです。


"You are what you have."

たかがヒト程度が持つ不確かな自意識を元に自己分析をするより、その人間の客観的なヒストリーである所有物からその人を分析するというのは、非常にサイエンティフィックだ。「無意識の広野への敬意」「意識レベルに乗ったものだけで判断しないこと」などは19世紀〜20世紀前半の精神医学の大事な原則だが、ここからモノという客観的なマーカーに注目した文献はあまり見たことがない。これまで提唱されてなかったこの人生の分析手法は革命的かもしれない。


そしてそこから片付け(=モノの再配置)を通して、人生を再構成する。人生のre-structuring。マインドセットを変えろといった精神論なアドバイスより具体的かつ客観的である。他人の精神をいじるのは困難だが、モノを通して精神をいじる。こんまりは新しい境地を開いている。


その他人生論とも言うべきアドバイスも。

片づけの過程で、この瞬間(モノを一つひとつ触って、ときめくかどうか自問自答し、そして残すのか捨てるのか、判断を下すこと)を何百、何千と繰り返すことによって、判断力が自然と研ぎ澄まされていきます。

捨てられない原因を突き詰めていくと、じつは二つしかありません。それは「過去に対する執着」と「未来に対する不安」。この二つだけです。
(中略)
何を持つのかは、まさにどう生きるのかと同じこと。「過去に対する執着」や「未来に対する不安」は、モノの持ち方だけではなく、人との付き合いや仕事の選び方などの、すべての選択基準に通じていることがわかりますでしょうか。

↑の指摘は素敵すぎる。


以上のように、かくも素晴らしく哲学的な本なのだが、同時に社会の構造変化についても大事な足跡を残している。というのも、このスゴ本は、ある意味、物質消費社会の完成と終焉を告げているから。「ときめくモノだけに囲まて生きる」「モノに愛情と感謝を持って生きる」「モノの住所を決めてあげる」・・・モノとの付き合い方の究極の形を示すことで、物質消費社会の到達点を告げる。これを思想と言わずして、何を思想と言うのか?


(ただし、こんまりの方法は基本的にモノに対してなので、情報・データなど目に見えないものにはさほど示唆的ではない。ここは我々が引き受けて考えるべき課題なのだろう。PC内の情報などの整理については、どうしたらよいのだろうか。こんまり2.0みたいな人が現れるのか。)


「主婦」という存在はここ最近の現象だとは言え、相当数の人が関わってきた世界。その歴史的な蓄積や厚みが薄っぺらいわけがない。しかし惜しむらくは、その継承や体系化はほとんどされておらず、散発的な知識が群島のように浮かんでいるような状態だ。そしてそれは「職業というパッケージ」にすらなっていない。こんまりの出現を通して、我々は「主婦文化」の体系家と革新者を手に入れたのかもしれない。


なおかつエクリチュールとしても素晴らしい。人生から削り出した文章の迫力はとても20代の女性とは思えない。ハウツー本を装いながら、もはや文学。思わず清少納言紫式部の画像が脳裏に浮かぶ。平安女流文人達は、当時はギャル文字とバカにされていたであろう平仮名を創始し、日本語に新しい次元を付け加えた。1000年たったこの同じ列島で、新しい才能が生まれたことを言祝ぎたい。



著者サイト→
片づけコンサルタント・こんまり 近藤麻理恵 Official Website


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2012年1月4日追記:
出版社の友人の話では、かなり編集の手入れがある可能性もあり、エクリチュールとしての質は本人のみによるわけではない可能性も高いとのこと。なので、最後の部分は保留。