ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

socialism, sociomics

<socialism=社交主義、社交資本(ソーシャルキャピタル)を重視する立場>


精神医学の中でこれまでsocial anxiety disorderは社会不安障害と訳されてきたが、最近は社交不安障害と訳す。つまり、socialという言葉は、「社会」より「社交」という訳が相応しいのではないかということ。社会という全体を意味する言葉より、社交という個々人の関係を表す言葉。とすると、socialismの訳は、社交主義というのがふさわしい。実際、socialとは名詞で親睦会、内輪で行うパーティーを意味するらしい。


例えば、キャピタルを貯めるのが経済活動、ソーシャルキャピタル(社交資本)を貯めるのが政治活動、と考えてみる。人生にはお金も大事だが、ソーシャルキャピタルも大事。キャピタリズムとしての"資本"主義と、ソーシャルキャピタリズムとしてのソーシャリズム="社交資本"主義。いわゆる社会主義と言われているものは政府による再配分・福祉の重視であり、福祉主義=welfarismと言える。これからsocialism=社交主義という意味で使うことにして、いわゆる社会主義福祉主義welfarismとは別な用法としたい。


ソーシャルネットワーク=社交網。ヨーロッパ宮廷での社交を思うと、革新というよりはむしろ伝統、伝統の再発明。慶応の社交網(ソーシャルネットワーク)はつとに有名だけど、これもひとつのソーシャルキャピタル。慶応生はソーシャルキャピタルが豊潤な人々。MBAもいわば社交クラブで、ソーシャルキャピタルの蓄積に出かけていっているようなものかもしれない。


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カール・マルクスコミュニズムの宣言



マーク・ザッカーバーグソーシャリズムの宣言

と対置してみる。
facebookの創業者ザッカーバーグはソーシャリストsocialistである」・・・ザッカーバーグの思想・思考は未だによくわからないが、仮説/仮設的にそう考えてみてもありかもしれない*1。そこからfacebookの今後を構想してみる。つまり、ソーシャルキャピタルを貯める装置、分析する装置としてのフェイスブック


資本の分析に経済学が頑張ってきたならば、これからはソーシャルャピタルの挙動の分析もありえそう。資本にも色々あるように、ソーシャルキャピタルにも色々ある。助け合いや困ったときの互助組織的な守りのソーシャルキャピタル論もあれば、ビジネス人脈的な攻めのソーシャルキャピタル論もある。どちらも同じ平面で一元的に語れればと思ったり。SNSの隆盛が投げかけるものへのひとつの回答として。特に社会保障との絡みなんか。



"sociomics"という言葉を用意してみる。
<economics: capitalの挙動やcapitalの分析(経済と経済学):$、¥、債権、株・・・etc>
<sociomics: social capitalの挙動やsocial capitalの分析:名誉、愛、信頼、軽蔑・・・etc>
社会学sociologyももともとそういった発想がかなり強いとは思うけど、特に"キャピタル"性に注目して、よりプラクティカルに目的志向で*2。経済学economicsを模倣して、より数理科学に近い形を構想したい。sociomicsという分析で、より世界が豊潤になることは可能だろうか。


(2013年7月12日追記)
FACEBOOKが、ハーバード大学の名簿的な位置からスタートしたというのは、ソーシャル・キャピタルに関する教育機関・学術機関の役割という意味でも示唆的かもしれない。つまり、ソーシャル・キャピタル蓄積装置としての教育機関・学術機関*3



まだ読んでないので、これから(>_<)

*1:「ウェブ×ソーシャル×アメリカ――〈全球時代〉の構想力」 池田純一 - ideomics:池田純一氏はザッカーバーグの構想の先を想像しようとしているが、一つのアイデアとして

*2:-logy:論理や学を意味しており、-omics=-ome+-csで、-omeは全体を、-csは体系/システムを表す接尾語

*3:SCSM - Social Capital Stock Market - ideomicsも参照