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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

フィレンツェII


次の日はウフィッツィに。世界的にも知られる、街の中心となる美術館。初期ルネサンス関係の作品は最も揃っているらしい。ジオットの陰影と造詣、ウッチェロの構図やダイナミズム、マザッチョのリアルさ、リッピの優美な表現などどれも素晴らしく、さすが世界に誇るだけのものはある。


レオナルドの作品も未完ながら、非常に印象的だった。一般にリアルさというと目に映ったものをいかに正確に描くかという点に腐心するのに対して、レオナルドは、人体ならば解剖学、山水であれば水力学、植物であれば植物学というように、「目に見えない内的な構造」までも探求の手を伸ばしていたのが大きな違いだろうか。そんな探究心も相まって、最も心に残った作品であった。(医学部向けにマニアックなこと言うと、レオナルドは、解剖学の祖ヴェサリウスよりも結構前に、解剖学に手を伸ばしている。)

しかし、それに劣らず印象的だったのは、ウフィッツィでも日本人の多さ・・・時間によっては過半数が日本人の観光客・・・である。日本人観光客はどこでも多い(我々もその一部だ)が、ウフィッツィは特に特に多かった。ローマやヴェネツィアフィレンツェの他の場所を凌駕して。ウフィッツィに日本人がなぜ惹かれるのか。ウフィッツィのメインはボッティチェリだが、


日本人はこういった優美で女性的な感性に強く共感するのだろうか。ルノワール印象派然り。ラファエロ然り。反面、男性的で力強いものにはそこまで惹かれないのかもしれない。しかし、それだけではあまり納得できない・・・何か他の理由でもあるのだろうか。気になる。

翌日は、別な美術館やら教会を回って、夜はサッカー観戦。



カードはフィオレンティーナエバートンUEFAカップ)だ。本当はサッカーの試合があるなんて知らなかったのだが、帰り道の途中、イングランド人にチケットを代わりに買ってくれと頼まれて知った。彼(おそらくフーリガン)のためのチケットは(社会的な観点から)買ってあげず、自分達だけ観に行くことにした。まぁドンマイ。
途中、サッカージャージ姿でサッカーボールを持った、気合の入っている日本人とたまたま合流。彼の解説とともに観戦でき、より試合が魅力的となった。彼の話では、サッカー場に来る途中、マクドナルドでイタリア人とイングランド人が早速喧嘩していたらしい。さすが、世界の熱いサポーターベスト2の二ヶ国だけある。しかし、彼らの「興奮」もマクドナルドというアメリカの作った舞台の上で上演されているのは皮肉なことかもしれない。インフラは結局、made in USA。まぁドンマイ。
試合自体は雨のせいでわりとぬるい感じだった。それでも、観客の熱気とか、それに一体となる感じとかは楽しかったし、旅行先で見ると気持ちも違う。またぜひ見に行きたいと思う。てかセリアAの放送入れようかな。ちなみに、都市国家の歴史が長く都市の独立性の高いイタリアでは、サッカーとは都市間戦争の隠喩という面もあるらしい。それが熱狂的な応援のひとつの背景とか。


結論:でも結局レオナルドはなんですごく評価されてるのか十分にはわからなかった。

(付記)
フィレンツェの案内は高階秀爾 の「フィレンツェ」(岩波新書)がとても良かった。美術案内として、同著者の「名画を見る眼」(岩波新書、正・続の二冊)もわかりやすかった。