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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

どうでもいいけど

合コンで一番人気ある職業は医者。こんな統計があるそうです。でもにわかには信じられません。少なくとも自分の人生を振り返る限り。きっとこれは国立と私立を混同してしまった統計であるに違いありません。それならば、きっと納得できる結果だと思うのです。


偶然とある私大医学生のパーティに友人達と行ったときのことでした。ホテルのようなロビーを備えた高層マンションの40何階かで開かれたそのパーティには、適齢期の男女がひしめいていました。主催者に通された我々はまず4人の若い女性達に紹介されたのです。「東大の○○君と○○君。」「ふーん。」彼女達は興味のなさそうな反応とともに、紹介者の方へ次の人に行ってよという眼差しを一斉に向けたのです。


我々は焦りました。何がいけなかったのかと。そして周りを見渡したのです。まず気づいたのは、ドルチェ&ガッバーナの白いズボンでした。男性はドルチェ&ガッバーナの人が大変多いようでした。Dolce & Gabbana。格好良すぎて上手く発音できません。まして履くことなんて到底できるわけもないのです。そして周りの顔を見渡しました。女性は麗しい方が多いようでしたが、男性はそうでもないようです。自惚れだとは思いますが、我々と同じくらい見栄えのしないような印象でありました。


何かと反応の遅い私でもやっと理解できたようです。そうだ、我々には「資産」がない。あの何よりも大切な「資産」がないのだ、と。そして孤独さが染み入るようになって初めてわかったのです。ああ、これは"job interview"なのだ、と。大学卒業直後に働くことを当然とする女性が周りに多い中、永久就職や家事手伝いという言葉を知ったのは大学に入ってからしばらくのことでした。その内容を理解できるようになったのは、さらに後のことだったのです。


そうです。job interviewなのです。私だって、隣の町工場よりNTTドコモの面接を受けたいに決まっています。ましてゴールドマンサックスなんて響きはきっと素敵なことでしょう。我々には彼女達の神聖なるjob interviewを邪魔する権利など到底ありません。せいぜいどうやったら就職志願者が集まるのか、リクルート社に相談することくらいしかできないのです。


我々は自分達の身分を思い出しました。受験産業から排出された高レベル産業廃棄物である自身の身分を。そして、大学を名乗る廃棄物処理施設で処理されていることを。我々に必要なものは、新卒の就職志願者ではないのです。廃棄物を処理してもよいよという、六ヶ所村の村民的な慈愛をもった施設管理人経験者(または第二新卒)だったのです。放射性物質は、放射能放出がなくなるまでしばらくかかると聞きます。きっと我々にも、害毒がなくるまで同じくらい年月が必要なのでしょう。


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テラスに出て風を浴びていました。夜景が綺麗でした。東京でした。東京のビル群は、横浜の片田舎から出てきた青年へとリアリズムに満ちた光をたたえていたのです。そう、これが東京なのです。

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手もち無沙汰に過ごしていると、一人の女性が隣の友人に興味を持っていたようでした。救いようのない勘違いだったのかもしれませんが、私は彼にそのことを告げようとしました。このどうしようもないstalemateからの回復を試みようとしたのです。でも少し考えてやめました。こう思ったのです。我々に必要なのはもはや治療的介入ではない。我々に必要なのは、緩和ケアなのだ、と。


彼らのjob interviewが成功するよう祈ります。嘘ではありません。誓ってほんとです。ドルチェ&ガッバーナに身を包んだ彼らは彼女達をのせてBMWで帰途に着きます。きっとメルセデス・ベンツにはもうあきてしまったのでしょう。そして、我々が地下炭鉱で石炭を黙々と掘り続けているときに、彼ら彼女らは愛犬のチワワに銀のスプーンでキャビアを差し出しながらこう言うのです。「あらジャクリーヌ、あなたはキャビアが嫌いだったわね、ごめんなさい」と。


我々は電車という長い車で帰途に着きます。産業革命が生んだ偉大な発明です。ちなみに、日本で始めて開通したのは、新橋〜横浜の区間だったそうです。いまや庶民の足として親しまれています。でもそんな電車の歴史と偉大さにも関わらず我々にはこのような自負しか残されていないのです。「おれらの方が二酸化炭素排出量が少ねぇよ」と。今となっては懐かしい大学三年のことでした。


(冗談なのであんま本気にしないでください。最近まじめな日記が多いようなので、自分を茶化してみただけです。社会批判などの深い意味は汲み取らぬようお願いいたします。)