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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

人文・・・人と文

人文・・・人と文。
文=通貨=currency=current(流れ)を作るもの、つながりを作るもの、と捉えると、人=ノード、文=エッジというネットワーク構造。人中心な思考とはノード中心な思考で、文中心な思考とはエッジ中心な思考。間=文として、人文=人間=ノード+エッジ。letters(文字)はletter(手紙)として機能する。望むと望まないと関わらず文字は手紙になってしまう。少なくとも、自分への手紙にはなってしまう。


「人間的、あまりに人間的な」=「人文的、あまりに人文的な」
human + D = humand = hum AND = Homo AND
ANDとしての文:DiscouseのD, DialogueのD
human & humor: Homo AND & Homo OR - ideomics


philo-sophia・・・知と友愛・敬愛。知による友愛・敬愛関係とすると、固有名詞=個有(個人)名詞での関係になる。固有名詞の系譜関係=系譜学=genealogy=家系学。固有名詞と系譜が伴う。そこでは、〇〇学を学んでいる、というより、誰それから学んでいる(学びあっている)、という表現になる。〇〇学などというものはない。誰それがいるだけだ。

「すなわちそこでは、sophia=思想家=妻は最高度の他者として価値が付与されているが、しかし夫は、彼女を自己との統一単位を形作る者としても認識しなければならない。」(フーコー『自己への配慮』夫婦の絆を一部改変)

「妻であるひとりの思想家との関係が、当方の生き方にとって本質的である場合、そして、人間存在とは夫婦としての個人であり、・・・夫婦であることの術は、自己の陶冶の一部である。」(フーコー『自己への配慮』夫婦の絆を一部改変)


固有名詞を持った文を介して、ある人物とつながることで喜び(快楽)を覚える。そこから、文=つながりをより欲する(欲望)。この繰り返し(反応)によって、愛着を覚える。passive-active-responsiveな関係によって(Active-Responsive-Passive framework:欲望と愛着と快楽 - ideomics)。文=つながりが、愛着のレッスンになる。文という知によって、関係が構成され、その関係から、主体が構成されていく。知=文=関係により、主体=人が構成されていく。


critique et clinique:『批評と臨床』ジル・ドゥルーズ - ideomics

ドゥルーズの『批評と臨床 critique et clinique
フーコーの哲学と医学(最後期の二書『快楽の活用』『自己への配慮』)
つまり、文と人、文献と人間

・文と人:知(の主体化)
・人と人:権力関係、対人関係
もちろん、常に混合している。文は人と人とを結びつけるものであり、同時に愛着や反発と同時に権力関係を生み出す。そして、crisis(危機)は、critique(批評)をもたらすものであり、またclinique(臨床)をもたらすものでもある。