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サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

自己との責任 responsibility = responsivility

自己と他者:自己愛について - ideomics
の補足

「epimeleia heautou(自己への配慮を意味するギリシャ語)、cura sui(自己への配慮を意味するラテン語)は、多くの哲学教義のなかにくり返し見出される一つの命令である。」(フーコー『自己への配慮』自己の陶冶)

哲学(philo-sophia)=知への志向/思考=思考過程=自問自答
として、
自問自答=I ask, Me respond. Me ask, I respond...
と捉えてみる。
response - response' - response'' - .....
としての自己反応の連続=自問自答=思考=哲学(philo-sophia)。

エピクロス派の哲学者たちの場合には、『メノイケウスあての書簡』が、哲学というものは自分自身への気配りの絶え間なき営みと見なされるべしとの原則へ道を切り開くものであった。」(フーコー『自己への配慮』自己の陶冶)

自己が自我に応答する、次の自我が自己(昔の自我)に応答する、・・・(以下同)・・・の循環。過去から未来に向かって反応(response)=反射(reflection)を繰り返す。合わせ鏡の連続反射に似ている。私は次の自分(小さな他者)を待ち続けている・・・ゴドー(God-ot)を待ちながら・・・God と God-ot の差:-otはフランス語で、「ちっぽけな」を表す接尾語らしい*1。内省(reflection)とは、実際に反射(reflection)である。

「哲学者の学校とは診療所(iatreion)である。卒業時の感想は、楽しかった、ではなく、苦労した、でなければならない。」(フーコー『自己への配慮』自己の陶冶)

自分が自分に反応する。その反応能力(response + ability)や反応性能(responsive -> responsivility )が、自問自答としての思考を規定する。哲学=思考=自問自答とは、自己との反応性能(responsivility)、自己との反応能力(response + ability)によって支えられている。哲学とは、自己との責任 responsibility (response + ability) = responsivilityを学ぶ過程と言えるだろうか。


自己との責任 responsibility (response + ability) = responsivilityを学ぶ過程で、自分自身との親密圏を築くことができる。自己愛を学ぶ家庭ともなる。それによって、自らの魂を癒やすことになる。哲学者の学校とは、自己愛を学ぶ過程=家庭であり、それは診療所でもある。哲学(philo-sophia)・・・魂(psyche)を癒やすこと(iatreia)、何よりもまず自分の魂(psyche)を癒やす(ケア=配慮する)こと・・・psyche + iatreia = psychiatry・・・自我と自己の反応性 (responsibility = response + ability = responsivility) としてのpsychiatry。能力と反応性と責任。


自己への配慮 (性の歴史)

自己への配慮 (性の歴史)

*1:人が認識できるのは文字通りの無限ではなく、無限とも思えるような多数