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オブジェクト思考ブロギング

哺乳類の社会行動を支える分子的背景としてのオキシトシンとその作用メカニズム

(今から読み直すと微妙なところもあるが、とあるレポートを当時のまま転写。訂正指摘歓迎です)

 

オキシトシン(OXT) は、Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Leu-Glyの9アミノ酸からなる分子である。視床下部視索上核と室傍核の大細胞神経分泌細胞で作られ、下垂体後葉における軸索末端から血液中に放出されるのに加え、扁桃体側坐核・分界条床核にも投射していると考えられている。OXTオキシトシン受容体(OXTR) に結合することで、受容体側の細胞機能の調節を行う。OXTRはヒトにおいては一種のみで、Mg2+を必要とする7回幕貫通型Gタンパク質共役受容体ロドプシン型:クラス1)である。OXTRは神経細胞に限らず乳腺平滑筋細胞や子宮筋など多様な組織・細胞に存在する。下垂体から分泌されるOXTは、血液脳関門を通過しないので、脳におけるOXTの働きは、OXT産生神経細胞からの直接的な投射によって発現する。OXTRは、脳では扁桃体視床下部腹内側、側坐核、および脳幹で発現しており、これらの領域はOXTの調整を受けていると考えられる。ゲノム領域としては、ヒトにおいてOXT遺伝子は20p13に、OXTR遺伝子が3p25にてコードされている(以上、文献1より)。

 

OXTの生理的役割としては、ほ乳類出産時の母体子宮収縮や、授乳期の母体乳汁分泌の促進がよく知られているが、行動科学的な視点においては、げっ歯類のペア形成や母子愛着形成、親しい個体の識別といった社会的な活動にも関わる。例えば、出産後OXTR拮抗薬を与えた雌ラットは、典型的な母性行動を示さない一方で、出産経験のない処女メスにOXT脳脊髄液注入をすると、他のメスの子供に向けて母性行動を始めるといった実験が知られている1。ヒトにおいても、同様の役割を果たしている可能性が十分に考えられ、さらに拡張して社会的(社交的)活動全般のneuromodulatorとしての役割の可能性が注目されている。

 

Fehrらは、信頼ゲーム(ヒト被験者Aが、知人関係にないヒト被験者Bに一定金額を渡し、BがAにその一部を返す際に3倍するというルールで、他人への信頼度を測定すると前提したゲーム)にて、Aに対しOXTを経鼻投与するとAからBに渡すお金が有意に大きくなると報告した2。AがBに渡すお金の増大は、信頼という因子だけでなく愛着などの概念でも説明しうるが、いずれにせよOXTには、血縁関係のない他人への信頼ないし愛着といった社会的行動を促進する効果があると考えられる。進化的には、哺乳類において胎生や授乳(まさに哺乳類という名義の由来)が成立した時期に、子宮収縮作用や乳汁分泌作用という意義で正の選択圧がかかり、子育てにおいて子への愛着形成を促進することが、母子ともに遺伝子を残す正の選択圧となり、母子の愛着形成から、非血縁の他個体への愛着形成に生理的な役割が広がったものと推察する。OXTという分子の役割の進化的な変遷は、愛着や信頼といった「人間らしい」とされるヒトの行動やその発達過程、生理的・病理的な意義を考える上でも重要になるかもしれない。実際、OXTR遺伝子の多型(rs53576: G to A, rs2254298: G to A)は、自閉症など社会活動障害のリスクとして有力なものの一つであり、OXT分子(誘導体)は、自閉症を始めとする社交行動の障害の治療薬として注目されている1

 

OXTが上記のような愛着形成などの社会的活動に関わる神経科学的なメカニズムとしては、情動系の調節分子として作用しているという考え方と、認知機能を調整しているという考え方などがある。Malenkaらは、マウスにOXTR拮抗剤を投与する実験によって社交行動が有意に減少すること(OXTが社交行動の促進に必要なこと)、(狂犬病ウイルスによる回路同定によって)視索上核ではなく室傍核から側坐核に直接的な軸索投射があることを確認した上で、OXT側坐核中型有棘神経細胞に対するプレシナプス性のLTD(プレシナプスからの神経伝達物質放出減少)を誘発することを示した3。上記の実験は、社交行動条件付けをベースとして、OXT/OXTR拮抗剤投与と側坐核の中型有棘神経細胞での興奮性シナプス後電位の測定による。側坐核中型有棘神経細胞に対するプレシナプスにOXTRが存在しており、ウイルスベクターを利用したOXTRのコンディショナルノックアウト実験によって、このプレシナプス性のOXTRが、OXTによる社交行動の促進に必要であることも示している。このプレシナプス性のOXTRは、セロトニン含有細胞と重複しており、OXTによるLTDは5HT1B受容体を要することなどから、セロトニン産生神経細胞に富む背側縫線核から側坐核に投射している軸索終末にあると考えられる。以上から、背側縫線核から側坐核に投射している軸索終末に存在するOXTRが、OXTによって活性化されると、5HT1B受容体のLTDが生じ、社交行動や社交行動の報酬を調節していると結論づけている。ヒトにおいてSLC6A4(セロトニントランスポーター)遺伝子とOXTR遺伝子が、ネガティブ感情のコントロールや子供の養育行動といった表現系において相互作用を示すことは、遺伝学的な研究から元々知られていたが、マウスモデルにてその分子的・神経回路的な基盤を示したということが意義深い。

 

Malenkaらは、報酬系という情動に分類される単位での調整メカニズムを報告しているが、一方で、社交関連の情報を選択する(例えば顔の情報を選択的に意識・記憶するなど)といった認知メカニズムを変化させることで、社交行動を促進するという考え方もある。その分子・神経科学的な基盤として、Tsienらは、OXTがfast-spiking 介在神経細胞を解して、海馬において錐体細胞の自発的なランダム様活動を抑制し、状況特異的なシナプス伝達を効率化することで、情報伝達のシグナル対ノイズ比を上げるというメカニズムを報告している4。fast-spiking 介在神経細胞は、(統合失調症において異常の報告が多い)パルブアルブミン陽性抑制性神経細胞であることを考えると、統合失調症における社交行動の障害を説明するメカニズムの候補とも言える。

 

報酬系を解して特定の行動を持続させるにせよ、認知メカニズムを変化させて特定の行動を持続させるにせよ、以上はシナプスを中心としたメカニズムである。シナプスを介したメカニズムは、特定の神経回路を増強(ないし減弱)させる回路特異性の高い仕組みであるが、一方でシナプス内のタンパク質ないしmRNAからのローカルな翻訳に依存しているため、生化学的な安定性は必ずしも高くないと考えられる。一方で、母子関係を始め、信頼や愛情などの社会行動は長期に続くものであり、より安定的な分子メカニズムも想定しうる。通常のLTPやLTDといったシナプス可塑性で十分可能であるという可能性や、プレシナプス膜とポストシナプス膜が強く結合して電位を直接伝えるなど更に強固な回路形成 (hard-wiring) が存在する理論的な可能性は否定できないが、シナプス可塑性以外の可塑性の一つの候補として考えうるのが、エピゲノム変化(DNAやヒストンの化学的修飾)である。例えば、一夫一婦型のつがいを形成するハタネズミのペア結合の際に、側坐核内の神経細胞のOXTRプロモーターのヒストンアセチル化の増加し、OXTRの発現が増加するという報告がある5ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤でペア結合が促進され、OXTR阻害剤で阻害されることから、エピゲノム変化がペア結合の背景になっていることが示唆される。エピゲノム変化は細胞単位で起こるため、シナプスレベルの変化に対して、回路レベルの特異性は劣るが、化学的にはより安定と考えられる仕組みであり、シナプスレベルの可塑性に対して補完的に働いている可能性がある。OXT関連のエビデンスはないが、DNAシトシンの修飾はDNA自体への共有結合によって実現されており、ヒストンの化学修飾よりもさらに安定的なメカニズムとして働いているかもしれない。

 

1          Meyer-Lindenberg, A., Domes, G., Kirsch, P. & Heinrichs, M. Oxytocin and vasopressin in the human brain: social neuropeptides for translational medicine. Nature reviews. Neuroscience 12, 524-538, doi:10.1038/nrn3044 (2011).

2          Kosfeld, M., Heinrichs, M., Zak, P. J., Fischbacher, U. & Fehr, E. Oxytocin increases trust in humans. Nature 435, 673-676, doi:10.1038/nature03701 (2005).

3          Dolen, G., Darvishzadeh, A., Huang, K. W. & Malenka, R. C. Social reward requires coordinated activity of nucleus accumbens oxytocin and serotonin. Nature 501, 179-184, doi:10.1038/nature12518 (2013).

4          Owen, S. F. et al. Oxytocin enhances hippocampal spike transmission by modulating fast-spiking interneurons. Nature 500, 458-462, doi:10.1038/nature12330 (2013).

5          Wang, H., Duclot, F., Liu, Y., Wang, Z. & Kabbaj, M. Histone deacetylase inhibitors facilitate partner preference formation in female prairie voles. Nature neuroscience 16, 919-924, doi:10.1038/nn.3420 (2013).