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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

アトムからビットへ:生き物の構成単位

If, in some cataclysm, all of scientific knowledge were to be destroyed, and only one sentence passed on to the next generations of creatures, what statement would contain the most information in the fewest words? I believe it is the atomic hypothesis (or the atomic fact, or whatever you wish to call it) that all things are made of atoms.

The Feynman Lectures on Physics Vol. I Ch. 1: Atoms in Motion

モノ全般の構成要素としての原子の位置づけを、生物学にスライドさせて考えると、生き物の構成単位は「核酸塩基(かヌクレオチド)」と言えそうだ。数十億年前に、自己複製できる核酸配列が物理的に生じたという出来事は、自然史上初めて、物質(アトム)が情報(ビット)になった瞬間と思えるが、どうなんだろうか。

 

情報の定義はかなり難しい。広義には機能(何らかの合目的性)あるもの全てに、情報があると解釈できるけれど、これは解釈者に依存しがち。というか受けて次第に何でも情報にはなりうる。狭義に形式的に定義しようとすれば、有限の素子による複製可能な組み合わせ(配列)という表現として定義できそう*1。複製可能な組み合わせは、結果としての合目的性を確率的に持ちうる。素子の組み合わせは、物理的physicalなものでも、形而上学的metaphysicalなものでも、どちらも可能で、前者の例が核酸塩基の組み合わせとしてのゲノム情報*2形而上学的なものでは、自然言語形而上学的な生まれでありながら物理的な実体を持っているのが、計算機に使われるビット表現(とその物理的な構造)。

 

生き物を定義しようとする際に重要な概念として自己複製があるが、これは複製可能な構成要素の組み合わせとしてアイデンティティを持つことで可能になる。単なる物理的なモノでしかなければ、違う原子・分子に置き換わることでアイデンティティを失うわけで、情報という形而上学的な概念によって、生き物は生き物たりえている。ゆえに、ゲノムは「生命の設計図」と喩えられるが、しかし、この喩えは同時にミスリーディングでもある。ゲノムや遺伝子*3は転写産物やタンパク質の設計図でしかなく、「生命」という現象的なものの表象になっているわけではない。せいぜい「設計部品の図面」だ。むしろ生命にとってはレシピに近く、ドーキンズが言うように「ケーキのレシピのどの言葉が、完成したケーキのどの部分にあたるか対応するわけではない。言うなれば全部」という喩えの方が近い*4

 

ヒトでも、精神疾患と言われるものや行動特性に対するゲノム研究が盛んに行われている。臨床的な概念である疾患というphenotypeからではなく、生物学的なgenotypeから現象を観察しなおすというgenotype firstのアプローチを生み出すなど発展もあるが、従来の疾患カテゴリーに対しては、臨床に応用できるような期待水準で特定の遺伝子と現象の関連が見出されたということは目下ないと言って良い。遺伝子が「生命の設計図」ではなく、せいぜいレシピ的でしかないとすると、関連するものは全部(といかないまでも非常に多い)というドーキンズの喩えに回帰したとも言える。

 

ゲノム研究の難しさは免疫系などでも共通するものの、精神関連ではニューロンという、ゲノムとは異なる設計思想の情報のアーキテクチャーが更に存在するところに、原理的な難しさがある*5ニューロンをベースにした学習は、いわば「環境吸収装置」(環境からの入力を情報化・固定化する)としても機能するので、そもそも非ゲノム的な部分が他の組織より多い。精神関連・行動関連の生物学的研究の極北としてのゲノム研究は、一定の成果を出しつつも、神経系を持つ動物ならではの難しさをデータという形で示したとも言える。

 

ゲノムが転写や翻訳を経て、RNAやタンパク質が多種多様な細胞を構成し、細胞が環境含めて相互に作用することで初めて行動や精神と言われる現象が生み出されるとしたら、どの構成単位を次のターゲットとするのが良いだろうか。生き物にとって繰り返される行動や特徴は、再現可能なプログラムとその構成単位を基盤としているはずで、生き物全般に通じるアーキテクチャーとしてDNA/ゲノムがあるが、ヒト含めた神経系を持つ動物はこれだけでは語れない。再現可能なプログラムとその構成単位となると、構成単位はおそらくニューロン(とその組み合わせとしての何らかの配列)になりそうだ。

 

では、これをどう捉えていくか、が次の課題になる。核酸塩基を構成要素としたゲノムの一部分として遺伝子という単位(機能的な単位)があるとすると、神経細胞を構成要素としたコネクトームの一部分として何らかの単位(機能的な単位)が想定されるだろう。そして、その情報的な意味(合目的性)とは何か、を問うことになる。次の「セントラルドグマ」(とその中心)とは何か、を問うことになる。

 

*1:いわゆる情報理論の対象もこの特徴が必要と思えるが、どうなんでしょうか

*2:核酸印刷機(DNAプリンター)って、物理化学・工学的な原理的ハードル、どんな感じなんですかね。これできたら世界は怖くなるな・・・

*3:この遺伝子geneという言葉も、歴史的な産物で色々問題がある

*4:レシピのように使う順番に並んでいるわけではない、という非常に大きな違いもあるのだけれど。

*5:一般の体細胞にもエピゲノムといった、ゲノムとは別な情報装置があるけれど