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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

精神 (psycho) と神経 (neuro) の間で

USのBRAIN initiative (Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies) や欧州のHuman Brain Project (HBP) はじめ、脳科学研究がさらに加速しそうな2010年代の状勢。精神 (psycho)が神経 (neuro)で説明できる、それを目指すというのが今の標準的な考え方で、その仮定自体は強く共有しているものの、精神 (psycho)に興味が偏る身としては、やはりまだ遠い感じは否めない。


フランシス・クリックが1994年に『驚くべき仮説』(The Astonishing Hypothesis)を書いた頃は、意識が神経 (neuro)で説明できるというのはラディカルでもありえた視点かもしれないが*1、お茶の間に脳科学という言葉が浸透してくると、物質的存在としての脳との関連が示されていない単なる心理現象も「脳科学」として扱われ、脳に帰着させることが社会通念になってくる。


この通念自体はおおまかに良いとしても、あるいは専門家レベルで脳科学とか神経科学が人気あるとしても、複雑なシステムを解明したいという物質レベルでの興味だけでなく、「精神」とか「こころ」といった言葉で表現されているような現象の背景を知りたいというところだろう。神経科学自体は、BRAIN initiativeなどで加速していくだろうし、アーキテクチャーなど原理的なレベルを中心に*2、精神機能研究もかなり進むと強く期待しているが、生活に近いレベルの「人間的、あまりに人間的」な現象になるほど、動物モデルも使いづらく、試料的な問題もあり「物質的メカニズム」探求は難しくなる。


日本でも神経科学研究を大規模に、という動きがあるものの、これだけ欧州・USAが力を入れるとしたら、むしろその成果を仮定して、その先に乗っかる形で大きな構想をした方が、日本のプレゼンスとしても、世界全体の総福利にとってもベターではないかと思ったりもする。いわゆる狭義の神経科学を、日本の水準での「大規模」にやっても、到底USに敵いそうもないし*3、(大局的には真似という意味で)オリジナリティが大事な研究界でのプレゼンスも小さい。


という意味では、神経科学・脳科学への興味の源泉としての「精神」「こころ」そのものを大和言葉ではない、自然言語以外の表現をしていくというのはひとつの戦略的な方向性で、かつ日常的な応用にも一番近いように思う。神経科学的なメカニズムを「解明」するにしても、今の漠然としたフェノタイプよりも明晰かつメカニズムを想定しやすいカテゴライズが必要そうだ。neuroサイドは、BRAINイニシアチブ(N=neurotechnology)初め、色々と出てきそうだが、psychoサイドもブレークスルーが欲しいところ*4。シェーマにすると、

US:BRAIN initiative:物質的な神経科学(モデル動物がメイン?)
EU:HBP:ヒト脳の情報処理アルゴリズムの理解
XXX:ヒト脳のソフト=psychoレベルでの挙動理解

といったイメージ。neurotechnologyに対するpsycho-technologyを構想してみること。精神の現象学phenomenologyに徹すること。bio-informaticsやneuro-informaticsとは別なpsycho-informaticsとはどのような形になるだろうか。


具体的には、おそらく(1)behaviorレベルでの現象理解と、(2)精神の高次表現としての自然言語コミュニケーションの理解になるだろうか。

(1)behaviorレベルでの現象理解。これまで一時点で行っていたフェノタイピングを通時的に行えれば、無意識に相当する領域を探索しやすく、行動特性=性格などを探りやすくなる。フェノタイプの中でも、通時的なbehavio-typeを考える。
Two-year-olds with autism orient to non-social contingencies rather than biological motion
はひとつのベストプラクティスかもしれない。

(2)精神の精神の高次表現としての自然言語コミュニケーションの理解は、解析できるレベルにあるか定かではないが、強いて言うと
Quantitative Analysis of Culture Using Millions of Digitized Books
あたりは参考になるか。先日自然言語処理の話で、word2vecの話を興味深く聞いたが*5、こういった技術の先に何かしらの解析は成り立ちそうだ。ヒトのヒトらしい特徴として自然言語コミュニケーションがあるのは言うまでもないけど、この部分を再現性のある分析ができれば面白い。自然言語というアナログ的な表現は色々問題があるので、まずはbehaviorではあるけれど、最終的に「精神」という言葉の本丸になりそうだ。

*1:DNAに魂は

*2:原理的なレベルではマウスとヒトもかなり共通していると思われる

*3:個別研究単位ではそのような悲観はもったいないと思うが、総体としての話

*4:「精神 (psycho) と神経 (neuro) の間で」というのを大きなフレームで考えると、metaphysicsとphysicsの間で、となるかもしれない。

*5:unnonouno: NIPS2013読み会でword2vec論文の紹介をしました参照