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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

精神疾患ゲノム研究 2014年7月現在

テッド・スタンレーさんという方がブロード研究所(MIT x ハーバード)へ、精神疾患研究目的に650億円相当の寄付したことが、神経科学・ゲノム界隈で話題になっている。

Spark for a Stagnant Search: A $650 Million Donation for Psychiatric Research


ここ数年自閉症研究が盛んになったのも、サイモンさんというヘッジファンドの億万長者(息子さんが自閉症)が、自閉症研究に200億円ファンディングしたことから始まった。日本政府の国策としてのiPS研究が300億/10年と考えると、どちらも破格の金額。精神疾患研究へのさらなる点火になりそうだ。ブロード研究所はとりわけゲノム研究を中心にしているので、今回もまずはゲノム周りからだろう。


ブロード研究所もこれを受けて、2014年7月に発表したNatureの統合失調症GWAS結果を、熱心にアピールしている。おそらく、Natureでの発表とスタンレーさんのファンディングのアナウンスは協調していると思われる。というのも、Nature誌自身、2010年代は精神疾患研究だ!というエディトリアルを2010年に書いて、精神疾患研究をプッシュしてるので。
the wealth of nations, the health of nations, the mental health of nations - ideomics
A decade for psychiatric disorders


実際、2014年に入ってからNature Articleに、統合失調症ゲノム研究が3-4本と、一見バブル業界に見えなくもない高まりを見せているが、このあたりはファンディングからテクノロジー、サイエンス(論文書き)、メディア(雑誌)と一連の戦略的な流れがある。いうなれば『プロジェクト・ジャパン』でいうようなプロジェクト性*1。あるいは、自然科学における"理念"の位置づけを示すような流れ。理念から大戦略、実際の研究、そして成果へと。学位云々と次元の違うところでハードルがどんどん上がってる。(精神疾患研究の重要性は上記参照。その中でゲノム研究が最近中心にある理由は長くなるので割愛*2


Natureというメディアからの視点では、2010年にエディトリアルを打ち上げて、2014年という5年目にプッシュした業界がある程度のマイルストーン的な達成と資金調達をし、あと5年でさらなる勝負になる。大きなところでは、ひとつはgenotype firstなヒト研究(後述)。もうひとつはマウスなどのモデル動物での遺伝学x神経科学研究(回路レベルでのゲノムエンジニアリングなど解像度の高いものも含め*3)といったところか。ファッション業界におけるVOGUEもそうだと聞くが、業界の方向性を決めるようなアジェンダ・セッティングをしている。研究者レベルでは、これから数年に出るであろう成果を、どう自分の求める方向に発展的に繋げていくかが、中期的な課題になりそうだ。


genotype first/genetics firstというのは、網羅的なゲノムシークエンス→genotypeでカテゴライズ→再度表現形解析(phenotyping > genotyping > genotype category > re-phenotyping )という流れ。genotypeとphenotypeの関連をよりクリアに、一対一対応に近いレベルで見ようという試み。
Simons Variation in Individuals Project (Simons VIP): A Genetics-First Approach to Studying Autism Spectrum and Related Neurodevelopmental Disorders
に詳しい。タイトル通り先のサイモンさんの財団の自閉症研究周りが述べている発想で、次世代シークエンサーという最近のテクノロジーによって(SNP以外が)現実的になった。genotype firstでカテゴライズされたヒトたちの末梢組織→(iPS経由)→神経細胞があれば、分子レベルでのre-phenotypingも可能だ。


この記事も
7月22日:論文掲載の易しさからトレンドを見る(7月17日号Cell誌掲載論文) | AASJホームページ
も鋭い洞察。洞察の通り、Bernier et al. (2014)は今後のトレンドを指し示す論文だろう。巨額の予算で大規模シークエンスした次のステップを示している。精神疾患はgenotypeで分類できるんじゃないか?というのがNature誌の最近のスタンスでもある(異論の余地はもちろんあるが)。
Mental health: On the spectrum


もっと言うと、サイモン財団のSimons Variation in Individuals Projectという名前がより思想的・理念的なものを示している。「疾患」とか「病気」といった概念を使っていない。あくまでもindividualごとの「バリエーション」として捉えている。これも特筆すべき点。


個人的にも、病気という概念はそろそろ捨てても良いんじゃないかという思いが日々高まるが、これは障害者を障がい者と書きましょうといった道徳的なニュアンスではなく、単に病気という概念の解像度が粗すぎて、30万画素のデジカメ写真を自慢されているような不快感があるから。XXX病とひとまとめにするのって、ざっくりし過ぎてて、ファミコン時代のドット絵みたいな粗さがある。もちろん中には名作もある。けど、個体レベルから分子に至る解像度を上げられれば、そちらの方が良い。
生きる術としてのphysical arts - ideomics
そして個体レベルの記述でも、病気という概念よりも、適応的adaptive・非適応的maladaptiveという概念の方が記述として妥当だろう。これらは一見医学研究に見えるが、語弊を恐れず言えば、(病気という概念に依らない)一種の脱医学研究とも言えるかもしれない。

*1:『プロジェクト・ジャパン - メタボリズムは語る』 レム コールハース (著), ハンス ウルリッヒ オブリスト (著) - ideomics

*2:ざっくり言うと、精神疾患は遺伝性が高いとされている前提と、ゲノム情報を網羅的に解析する革新的な技術(次世代シークエンサー)が登場したため

*3:ちなみに、CRISPRのFeng ZhangもBroad