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オブジェクト思考ブロギング

精神医学における行動の位置づけ

 

精神医学の原理的な難しさのひとつとして、フェノタイプ分類の困難がある。いわゆる「障害disorder」という形で分類しているが、対象者の内観や申告に依存するだけでなく、観察者(治療者)のモデルや記録というフィルターを通過しており、かつ言葉(自然言語)という使用者同士でズレのある表現で記述される。DSMはこの限界の中で、できるだけ観察者(治療者)の間のズレをなくそうという試みであり、それなりにうまくいっていると思える。とはいえ、上記の限界を原理的に乗り越えられるものではなく、別な捉え方を考える必要も出てくる。

 

根本的に違うアプローチとして、genotype firstという、フェノタイプではない生物学的基盤からアプローチする方法がある。
精神疾患ゲノム研究 2014年7月現在 - ideomics
これは今後の方向性として主流のひとつとなるだろうが、遺伝子異常の存在を必然の前提にしており、ストレスや生活環境といったものを捉えるのには原理的に適切なアプローチではない。データとしても、特定の遺伝子の強い寄与を前提としたモデルで疾患なり障害なり特性を説明できるようなデータではないとも言える。

 

フェノタイプという現象面での理解を前提としつつ、上記の限界を乗り越えるには、言語によらない信号として客観的に測定できるものが必要になるわけだが、これは大きく解剖学的特徴と特定の刺激に対する反応・行動に分けられるだろう。特に精神という言葉と関わりが深いのは、反応・行動*1。対象者が特定の環境に対して不適応な状態にある場合、どういった環境でどのような反応・行動が出現するのか、を問う。そこから、「精神」「こころ」といった日常的・官能的表現で記述されるような現象を、再構成することで理解していくこと。

 

アメリカだと精神科は、psychiatry and behavioral sciencesと標榜していたりもするので*2、新しい話でもないけれど、デバイスを使った計測技術・データ蓄積解析技術の進歩は、反応・行動の測定をより高い解像度と客観性で進める良い機会となる。また、BRAIN initiativeはじめ脳科学研究に大きな予算がつく見通しだが、より基礎的な脳科学研究の進展もサポートになる可能性がある。

精神 (psycho) と神経 (neuro) の間で - ideomics

特に神経回路の操作・観察技術は進展はめざましく、今後の進展も期待される分野なので、神経回路の基盤が見出されるような反応・行動を測定できれば、構造的な理解を通して機能を理解するという生物学の王道を進むことができる。

生き物を理解するということ - ideomics

 

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モノを構成的(ボトムアップ的)に考える時の単位が原子であり*3、生き物を構成的に考える時の単位が核酸塩基とすると、人間社会を構成的に考える時の単位は何か。と考えたとき、直感的にはヒト個人という単位で、各種社会統計も個人の数を数えることが多い。しかし、おそらく単位は個体ではなく、行動・・・特に進化的に保存されている神経回路を基盤とした要素的なもの・・・がそれにあたるように思える。

 

報酬系のように保存度高めのシステムを背景とする行動は、おそらく影響力が強くかつ普遍性が高いと考えられる。動物でもモデリングしやすそうだ。例えば、お金を代表とするインセンティブに基づいた行動としての経済活動。他だと、食行動、性行動、愛着、攻撃、逃避といわれる行動だろうか。学習効率とか知能と呼ばれるものを、どう行動単位として表現するかは課題だが、WAISのようなテストも、一種のbehavioral testと言えなくもないわけで(動機などの交絡があるものの、刺激に対する反応を見ている)。進化的に保存された神経基盤があるような行動単位から、生き物としてのヒトが織りなす人間社会(の動き)を構成的に理解するのがひとつの目標になりえる。

 

 

*1:行動と言うと、意志的・能動的なものに限られるニュアンスが出るが、behaviorの意味で、意図せざる反応など「ふるまい」という意味で使用する

*2:バラス・スキナー博士の影響が強いのか?

*3:市場における原子 - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing参照