ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

分野横断の知識流通@アカデミア

いわゆる専門的な学会や、大学の学部といった縦割り的な形とは違う形の情報流通、分野横断型の知識流通やコミュニケーションがますます求められているが、どうやったらそれがシステマチックに行えるか。ひとつは、やっぱり同窓会。学校のつながりはでかい。高校でも大学でも。それ以外にも、色々ありそうなんだけど、システマチックにやるには他にどうしたらよいだろうか。


議論のアーキテクチャー - ideomicsのように、科学も対話から生まれるとすると、対話をencourageするアーキテクチャが欲しい。大学や学会といった主流のアカデミアでも、分野横断型の知識流通やコミュニケーションを実装していく必要そう。慶応SFC的なものや、ビジネススクールが果たしてきている役割やプレゼンスを担っていくシステムがないと、大学全体の運営としても、今後きついかもしれない。そもそも学問の境界自体、ほんとに妥当なのかって話もよくあるけど。国境くらいの”必然性”・・・そのくらいは必然だし、その程度の"必然"でしかない・・・という感じなのかもしれない。


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1.SFCモデル

そういう意味で、慶応SFCMITメディアラボをより一般化・拡張した形で、大学と並列した大学様のシステムはやっぱり必要かと思うし、考えないといけないんだろう*1
慶應SFCというシステム - ideomics


例えば、学部というフレームワークなしで、ラボが乱立する形。いわば自営業(テナント)の集合体。大学=百貨店とすると、パルコのようなテナント事業のイメージ。大学=ストック型とすると、フロー型。大学としては、完全にバックオフィスに徹する。学部長みたいなものもおかず、その他のコンベンショナルな"学部"とは頻繁に交流するものの、運営自体は別運営で。給料含め、予算はグラントや企業の寄付など外部予算で。中心的な部分は、口も(明らかな知的な誤りや法的な問題でなかれば)出さないけれど、お金も出さないというところを徹底。自由な代わりに責任も多い形。どんなネーミングがありうるか。


2. サロンモデル

あるいは、ビジネススクールのように、一種の社交場/サロン的、あるいは、人生への示唆を与えるような教会的な場というのも、ひとつの参考になる。18-19世紀のサロンが、ヨーロッパの学問を形作ってきた役割は少なくないと思うけれど、昔のサロンやジェントルマンズクラブのイメージ。


日本のエリート層におけるMBA流行りは、ビジネス流行りというだけでなく、このあたりのアカデミアの遅れによるものな気がする。知的サロンや社交場として機能するアーキテクチャがあれば、アカデミアもまた別な魅力を持つかもしれない*2


サロンをどう大学や学会みたいなアカデミアにシステムとして実装していくかは、可能ではあろうけど、そんなに簡単ではなさそう。個人的には、ディスカッションは、お茶をしながらくつろいだ雰囲気でするのが大事かと思う*3。というのも、speculativeな話や、想像をたくましくするような話は、くつろいだ受容的な雰囲気の方がencourageされると思うから。スタバのような空間が大事。


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1.のSFCモデルにしても、2.のサロンモデルにしても、研究活動をメインに考えているが、教育の場としても同じだろう。SFCはもともと学部からあるので特にコメントする必要もないが、サロンにしても学部からあったら、より楽しいに違いない。

*1:とはいえ、SFCやメディアラボの「成果」が実際のところどうなんだろうかとういうところは、今後も冷静に見ていかないとだろうけど

*2:ただ、サロン的な機能は、出版というsystem/institutionの方がふさわしい気もする。『大学とは何か』 吉見俊哉 - ideomicsジャーナリズムとアカデミズム - ideomicsあたり参照

*3:もちろん、プログレスなど緊張感を持つべき場も他にあるという前提で