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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

Book Forward: or, Das Kommunistische Manifest? ver 0.1

本が家に蓄積されて置き場所に困る。よくあるシチュエーションで、電子化やBookOffなんかがひとつの解決策になるのだろうけど、あまり気も進まない。某図書館に寄付しようとしたら、新刊5年以内でないと受け付けないとのこと。


という中で、確実に手元に残しておきたい本以外を、ペイフォワード的に贈り物として順々に人に手渡していく、「この本あげるから、いつか誰かにあげてね」みたいな感じでやれたら面白そうだと思った。単純なgiveではなく、それを連鎖させていく(ようにお願いする)。言うなれば、"Book Forward"。本に適当なハンコでも押印して。まさにモノのレイヤーにおけるCreative Commonsみたいに。一時的な私有ではあるけど、大局的には共有。私有を否定はしないけど、共有のレイヤーにモノを移していく。


Librize - connect your library to the world.も近い感じかもだけど、より手軽にした感じで。押印も、"Book Forward"とか、いかにもな感じじゃなくて、ポップなフォントで、"Das Kommunistische Manifest"とかしても良いかもしれない。まっさらな買いたてホヤホヤじゃなくて、書き込みとか注釈とかあると楽しそうだ。図書館で借りた本にも、時々注釈がついていて、おいおいルール違反だろと突っ込みつつも、ちょっと楽しんじゃう。セレンディピティの誘発にも役立つかも。


Books x Exchange = ?? - ideomics
では、☆システムとか面倒な媒介を考えてしまったけど、もっと単純に流していけばいいのかもしれない。貨幣っぽいシステムなんか挟まずに。


本って、物理的なモノと情報の2つのレイヤーがあって、情報の流通原理(オープン主義とかインターネット的な)とモノの流通原理(市場原理とか)を媒介しそうな感じが面白い。本以外でも、しばらくアクティブに必要でなくて、トランクルーム行きにしようかどうか迷っているモノがあれば、Book Forward/Das Kommunistische Manifestしていくのはありかもしれない。


この流通のスピードを→∞としていけば、私有と共有と公有は漸近し、境界は曖昧になるだろうか。ストックではなく、フローに注目すること。ストックがフロー化すること。ロードマップとしては、

「情報の共有」→「本(情報とモノの二重性を持つ)の共有」→「モノの共有」

と進めていく感じかしら。モノだけでなく、資本の流動性も極限大に漸近(lim→∞)させれば、最終的には資本主義も共産主義も重なるのかもしれない。とはいえ、これは「平等」とは違って、social capitalと所有物が相関するようになる可能性はある。資本主義の先?:次の位階秩序/socialism? - ideomicsで言うところの、social capitalismみたいになるのかもしれない。


「こんまり流片付け」(『人生がときめく 片づけの魔法』 近藤麻理恵(こんまり) - ideomics)では、不要なモノは捨てるとされていたけど、これをシステマチックにBook Forwardする形にしたら、「こんまり流片付け」(こんまりずむ)をバージョンアップすることはできないだろうか。「こんまり流片付け」への批判として、ひとつには、消費社会すぎるというのがある。消費・廃棄を前提にしている感じから、モノの循環というサステナビリティの方向に振っていくのはバージョンアップの一手。逆に、Book Forwardできる安心感によって、より自分の「一時的な私有」を減らす方向で、こんまりずむを実践できるという逆作用もありえるかも。2つのインタラクションによる良循環。


あるいは、「こんまり流片付け」は、モノのミニマリズムに振りすぎているという批判もあり、モノの豊穣さを求める向きには不適とされている。しかし、これは、タイムスパンをずらせば両立可能だ。モノの流通速度がどんどん上がっていけば、色々なモノが「一時的な私有」として自分の懐に入っては出ていくだろうから、ロングスパンではモノの豊穣な世界を体験できる。一方で、一時的な横断面では、モノの私有はミニマルだ。


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2013年3月4日追記

とはいえ、法的な妥当性はちょっと心配・・・