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フェミニズムでは、男女の違いを「セックス(生物学的な性差)かジェンダーか(社会的に構築された性差)」といった軸で議論することが多いけれど、多くは不毛な論争に終わってしまうような印象があります。「社会的な構築」というのは、普通に生きている以上排除できないわけで、試験管ベビーでも量産しない限りおそらく、この議論は決着つかないのではないでしょう(もちろん倫理的に無理)。


ちょっと前のScience誌(自然科学系のトップジャーナル)に、フェミニズムをテーマにした論文が二本掲載されてたのですが、面白かったのでちらりと紹介。


"Affirmative Action Policies Promote Women and Do Not Harm Efficiency in the Laboratory"
http://www.sciencemag.org/content/335/6068/579.abstract


フェミニズムという、この雑誌では珍しい社会的なテーマが掲載されるという点で面白かっただけでなく、フェミニズム、あるいは広く社会政策全般に、方法論を提言するような印象を受けた点でも興味深いものでした(これは個人的な解釈ですが)。


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端的に言うと、アファーマティブアクションの妥当性を「実験を用いて」示した論文。アファーマティブアクションには、「選ばれた人が能力的に劣って、全体の福利が損なわれるんじゃないか」とか、「逆差別に不満が生じて共同作業ができなくなるんじゃないか」といった議論があるけれど、その議論に対し、実験的に反論している*1


計算問題をできるだけたくさん解いて、成績に応じて報酬を払うというゲームを使う。参加者を6人グループ(男女3名ずつ)に分けて、(A)解けた分に応じて報酬を払う方式(積み上げ方式)と、(B)グループ内に上位2名にだけたっぷり報酬を払うという方式(競争方式)のどちらかを選んでもらう。


(1)アファーマティブアクションがまったくない群
(2)上位2名のうち必ず最低1名は女性であるというアファーマティブアクション群
(3)女性にはゲタをはかせて点数を底上げするアファーマティブアクション群
(4)ゲタをさらに大きくしたアファーマティブアクション群
(5)上位2名のうち最低1名が女性になるまでゲームを繰り返すアファーマティブアクション群

というようにケース・コントロールで実験をデザイン。


実際の成績にほとんど差がなくても、(1)のように放っておくと、女性は男性よりも競争方式を選ばない。逆に言うと、男性は競争を好む*2。しかし、(2)などのようにアファーマティブアクションを導入すると、女性の競争参加率が上がる。そして、アファーマティブアクションによって、上位2名の成績が低くなるかというと、案外そうではなく、(2)では(1)と差が出ない。つまり、アファーマティブアクションによって、全体の福利が損なわれることも(少)ない。また、この実験の後、協調ゲームをしても、アファーマティブアクションによって、恨みが生じて協調関係が損なわれることもない。


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男女の差が生物学的だとか社会的とかは、とりあえず置いておいて、(表面的に)現象だけを検証する。導入した政策(この場合はアファーマティブアクション)がどういった効果を及ぼすかという点に集中する・・・これまで「メカニズム」を志向するのが「科学」とされてきたけど、あえてプラグマティックに現象だけを取り出して実験・検証を組むことで、生物学とか社会因子への掘り込みをすっとばせる。



(Feminism -より)


セックスかジェンダーかという論争は、おそらく決着つかないので、今やれることは、現象として良くなれば、社会として良く機能すればいいんじゃないかと。これが「政策科学」のスタンスで、「自然科学」とはちょい違うけど、別な価値があるんじゃないか。というのが、私の受けたimplication(解釈)でした。そう意味では、自分としては一種のパラダイムシフト。ピュアなプラグマティズムをScience誌で見た感じがして。


もちろん、このスタンスって別に新しいことではなくて、薬の効果を調べる研究では、スタンダードのど真ん中な方法。(特に精神科の)薬なんてほとんどメカニズムはわかってないけど、投与群と非投与群に分けて、効果が良ければ採用!となるわけです。メカニズムの探求は言うまでもなく必要だけれども、それにこだわっているとなかなか先には進めないし、一生かけても終わらない探求になりかねない。薬の作用メカニズムにこだわって先に進まないより、新しい薬を試行錯誤で開発してった方が、今困っている人には嬉しいでしょう。


社会は人によって構築されたものである以上、原因やメカニズムばかり追究するよりも、「再構築」してしまった方が、早くていい。他人の書いた"コード/code"を読んでバグを発見することを頑張るよりも、新しく"コード/code"を書いてしまった方が早いし生産的。という発想。実際そっちの方が早いことは多々ある。特にビジネスなんて。


しかし、フェミニズムも「実験科学」の時代に突入するのでしょうか。フェミニズム関係に限らず、社会政策もまずは「実験」して、それからスケール。 ケース・コントロール・スタディで。これがゴールドスタンダードじゃい。というメッセージが届いた気がしたのですが、まあこれは拡大解釈のしすぎでしょうか。もっと踏み込んで言えば、↑のように独立の実験ではなく、「走りながら考える」方式で、ケース・コントロール実験でプロトタイピングしながら、段階的に実際の政策・制度を作っていける文化が醸成できたらいいですね。


実際欧州なんかで、政治ポストのアファーマティブアクションがあったりするみたいですが、"evidence based"に広めることも可能かもしれません。


他にも、
"Female Leadership Raises Aspirations and Educational Attainment for Girls: A Policy Experiment in India"
http://www.sciencemag.org/content/335/6068/582.abstract
というIMFなどからの報告も掲載されていたのですが、これは割愛。

*1:実験の常として、データの数字はきれいとは言いがたいが、一定の結論として

*2:この差は非常に顕著で、それ自体興味深い。ゼロサムのポスト争いとか現実の場においても