ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

"こんまりずむ"とデザイン思考

こんまり(近藤麻理恵)の『人生がときめく 片づけの魔法』を参考にして、年末も多少の片付けをしつつ、要らなさそうなものを捨てていたが、「モノの配置」が「思考/嗜好/志向の配置」とリンクしている感じに改めて感じ入った。


『人生がときめく 片づけの魔法』 近藤麻理恵(こんまり) - ideomicsにおいて、"You are what you have."と書いたけれど、持ち物がその人となりを現しているといったマーカー的な意味(診断的な意味)もさることながら、今回は、持ち物を変えていくことで、その人となりを変えていくといった作用("治療的"な作用)も感じた。


デザイン思考と呼ばれる思考法とは、思考を視覚化・物体化して、視覚化・物体化したものを、集めたり並べたり組み立てることで、さらに思考を進めていくような方法らしい*1。実際に、思考を一旦「モノ=オブジェ」に落とし込むと、思考が「オブジェ=客体」化される。「オブジェ=客体」化された思考は、第三者的に眺めることができて、また違った見方ができるし、別なアイデアや思考が浮かびやすくなる。「物体=オブジェ=客体」化することで、"創作"と"批評"を高速に回していくことができる。と感じている*2。元々のデザイン思考がIDEO的なプロトタイピングを中心に言われている言葉であれば、これは「オブジェクト思考 object thinking」なんて別の言葉で言った方が適切かもしれないけど。


これをもっと長いスパンで考えると、自分が持っている嗜好・志向をモノに落とし込み、そのモノをいじることで、自分の嗜好・志向をいじることができると捉えることもできる。↑で言うところの、思考を嗜好・志向に変換しただけだけど。思考を短いスパンの脳内活動、嗜好・志向を長いスパンの脳内活動と捉えてみる。モノを再配置することで、頭の中の嗜好・志向を再配置する。場合によっては、強化するってことだろうし、場合によっては、変容させていくってことかもしれない。片付けという作業は、きっとそういう作用がある。あながち、こんまりの「人生を変える」という表現はブラフでもなく、適切な表現かもしれない。ある意味、無意識の領域を間接的に操作していくようなプロセスになりうるかもしれないし*3、さらに意識的にできるような気もする。


短いスパンの"思考"について、デザイン思考やオブジェクト思考が成り立つなら、長いスパンの"嗜好/志向"においても、デザイン嗜好/志向やオブジェクト嗜好/志向が成り立っても良いんじゃなかろうか。ミクロ的なデザイン思考と、マクロ的なデザイン嗜好/志向。後者は、こんまり的なモノの再配置=片付けであり、意識的にすることで、より効果が上がりそうだ。家具やらオフィスやら生活関係のモノ全般に言えることかもしれない。


*1:デザイン思考という思考の方法: DESIGN IT! w/LOVE参照

*2:designを"de=脱"、"sign=記名"と考えると、de-sign=脱記名。意訳していくならば、脱記号・脱名前・脱意味。"design thinking"に無理やりこれを当てはめると、「名前や意味とか記号としての役割から脱して思考する」ということになる。いったん形におとしこんで、それを記号としてではなく、純粋な形として自由にこねくり回してみるとか。情報の造形であれば、情報の意味自体は横に置いておいて、みやすさとか美しさだけを考えてみて再配置するといったプロセスを組み込んでみること。学会用のポスターを作る際に、情報の意味は置いておいて、文章をなんとなく造形的に配置をいじったり、色を変えたりするプロセスがあった。いじって新しく作られた形から、次に考えることや次に必要な解析が思いついたりした。そんな感じかしら。

*3:無意識とか言い出すと、誰も実証できないから、話がとても曖昧になるんだけど