ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

お金と情報と社交資本

医療や法律、金融サービスなど情報の非対称性が顕著な高度サービス業。定義どおり、情報が著しく非対称であるとき、情報やサービスの正しさを判定することは困難だ。その場合、結局サービスを受けるかどうかは、最終的には信頼が鍵になる。というのも、自分で評価できない以上、信頼という「跳躍」を行わなければならないから。そして、信頼を担保するのは直接間接の人間関係であることが多い。


資本主義の先?:サイバー空間・サイバー海賊・サイバー軍 - ideomicsの後半で触れたように、情報社会では、お金だけで人間や情報のコントロールをできるかというのは多いに疑問だ。情報の非対称性が高まると、単にお金を持っているだけだと、おそらくカモになるだけな気がする。情報が非対称で、専門性が高まれば高まるほど、「信頼」というリソースが大事になる。互いの信頼を醸成するために、関係作りを行う必要がある。社交関係が「資本」になる。


競争優位性に関して。
今の社会では、経済活動なり学術活動なり政治活動なり、情報の質と速さが鍵になる。情報は大量に公開されているが、どの世界でも、競争優位性をもたらすのは、口コミレベルにクローズドな社会の情報交流だ。


例えば、自然科学の世界では、論文になっている情報は古いコモディティとして扱われる。よく「最新の論文」という表現があるが、これは矛盾した表現だ。論文になっている時点で、最新ではない。最新の情報は、セレクティブでクローズドなコミュニティで交わされる。そういったコミュニティで社交資本を築くことによって、意味のある情報を入手できる。良質な情報は、社交資本によってのみ「買う」ことができる*1。きっと他の世界も同じだろう。社交関係が「資本」になる。特に情報のやり取りに関しては。


競争優位性をもたらすのが良質な情報であり、良質な情報をもたらすのが社交関係・社交資本である。とするならば、これからの時代のcapitalismを駆動させる要因として、社交主義socialismを位置づけることも可能かもしれない。


産業活動のサービス業化も社交主義(socialism)に拍車をかける。大量生産で均一のモノを買うだけならば、お金の量で決まるが、サービス業では、情報と社交資本が重要になる。単にお金があっても、情報や社交資本がなければ、良いサービスにたどりつけない。まるで物々交換の時代のようだ。サービス業は、客次第である程度パフォーマンスが左右されてしまうので、お金を出せばいいってもんではないのは多くの人に共通する感覚だろう。経済の高度サービス業化が時代の流れとしてあるならば、市場経済の駆動原理も、貨幣以外に社交や情報などの割合が大きくなってくると言える。


キャピタル(資本)とソーシャルキャピタル(社交資本)との兌換性については、
「リッチな人」の対外関係の鍵は「多様性」:研究結果 « WIRED.jp
あたりも参考になる。


しかし、札束を積むより信用を築け!~FacebookやTwitterがつくる21世紀の“信用主義経済”をよりよく生きるコツ~|混迷日本で幸せになるための“21世紀型”リテラシー|ダイヤモンド・オンライン

お金とは「信用を外部化(数値化)」したものである。お金は人間がその経済活動のために、信用を数値化して、価値を仲介するための道具である。

とある通り、貨幣というもの自体も「信頼」で成り立っているシステムなので、最終的にはsocial capitalとcapitalは根底で同じものなのかもしれないな。この辺りはよくわからなくなってきたので、今度考えることにしよう。

*1:正確に言うと、購入という表現より物々交換の方が近い