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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

資本主義の先?:次の位階秩序/socialism?

メモ

資本主義の先?:資本主義の終焉? - ideomicsの続き

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新興国が伸び続ける限り、資本主義的な思考は続くと思われるが、先進国内の状況や、かなり先の世界の形を考えるにあたって、さしあたり、この辺りの議論が参考になりそう。


世界は三層構造でできている「国家」「企業」より重視したい所属先は?|混迷日本で幸せになるための“21世紀型”リテラシー|ダイヤモンド・オンライン


20世紀の世界が、「近代国家」と「資本主義」というシステムをOSとして成り立っていて、それと並ぶシステムとして今後大事になるのが「個人間の紐帯」とのこと。とすれば、この「個人間の紐帯」の形が課題になる。それはvirtual state*1と言われているものかもしれないし、宗教と呼ばれているものの進化したものかもしれないし、また別なものかもしれない。


例えば宗教。宗教=「宗」*「教」と分解してみる。「宗=氏族・集団」「教=教義」だとすれば、宗教の「宗」の要素をpurifyしたものが、social networkだとも言える。宗教から「教=教義・ドグマ」を脱臭して、純粋な人のつながりを目指した「宗教の次の形」という風に、social networkを位置づけてみることも可能だ。デュルケムは『自殺論』において、カソリックプロテスタントの差を「人とのつながりの強さ」の差と分析していたが、「人とのつながり」を宗教色を抜いてよりpurifyした形を想像してみることもできる。ちなみに、英語のreligionも「re=再」「lig=結合」だから、再結合みたいな意味になる。


もしこのシナリオが成り立つならば、そのつながり=social capital(社交資本)を「次の貨幣」として、次世代のシステムを想像することも可能だろう。socialism, sociomics - ideomicsで触れた社交主義(socialism)だけど、social capitalに基づいて「位階秩序」「階級」を構成し、「グループ化」するのが社交主義(socialism)という表現ができる。そして、それは「他者からの認知」という幸福の配分そのものである。「social capital」が「土地」「貨幣」に並ぶ、次の時代中心的な価値になりうる可能性はある。


封建制から資本主義への移行をうまく果たせなかったイタリア・スペインが長期に没落し、うまく移行したオランダ・イギリスがその後隆盛を築いたことを考えると、資本主義から社交主義(socialism)への移行をうまく果たせるかどうかで、ある集団の繁栄が決まってくるという可能性はある。


しかし、これはなかなかエグくて恐ろしい位階秩序だ。マネジメントの世界で、「ネットワークはフラットだから素晴らしい。ヒエラルキーからネットワーク型へ移行しましょう。」とネットワークを礼賛する風潮があったりするけど、ネットワークはネットワークなりの冷酷さがある。決してフラットなんかではなく、ハブと周辺という序列/階級がある。平等なんかではない*2。ハブを経由しなければ、別なノードに行けないという意味で、周辺のノードはハブにコントロールされうる。資本主義の次という話だと、年配の方は共産主義といったユートピアな話が出てくるのだろうが、人間ってそんなに牧歌的な生き物ではないだろう。どこかしらにエグさはつきものだと思われる。


理論として↑の話がありうるとしても、そういった社会制度が現実にありうるのかという疑問があるかもしれない。しかし、既に「他者の認知」を基に「位階秩序」や「階級」が決まるシステムはある。自然科学者の序列はそれに当たる。自然科学者は、インパクトファクターという論文の引用数で計算される数値で序列化されるが、このインパクトファクターという「貨幣」は、他の科学者からの「注目」と言える。インパクトファクターの高い論文を書きたいという欲望はすなわち、他の科学者からの注目を浴びたいという欲望と言い換えられる。注目を浴びれば浴びるほど序列の上に位置づけられる。アイドルになって衆目を浴びたいがためにAKB48に入る女の子たちと共通するものがある。


一億総表現社会と言われるが、これはみんなが意見を言えるという良い面だけではなく、負の面もある。それは、全員が表現を「評価」され、「序列化」されうるということ。誰しもAKBになれるという世界は、誰しもがAKB的な序列から逃れられないという世界なのかもしれない。科学の世界のインパクトファクターのように、注目や認知で序列化されうる。これはなかなか恐ろしい。


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もしsocial capitalが次の「位階秩序」「階級」「グループ化」「幸福をもたらす体系」だとしたら、精神医学に携わる者も何かしらの貢献ができるかもしれない。the wealth of nations, the health of nations, the mental health of nations - ideomicsで触れたsociomicsといったアプローチが関わってくる可能性もある。NatureやLancetが言及しているところから、より突っ込んだ議論として。


「僕たちが生きる世界は、「国家」「企業」「個人間の紐帯」の三層にまたがっている」*3とするならば、
国家レイヤーの分析と実践 :politics
企業レイヤーの分析と実践 :economics/management
紐帯レイヤーの分析と実践 :sociomics
と言えるかも。


social capitalに関する理論・概念を考えることによって、wealth of nationsに連なるような仕事ができるだろうか。アダム・スミスが経済学において行ったように。


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2011年11月6日追記


こんな記事もあった。→
sadaakikato.com: 評価経済社会の資本家とは?
評価経済社会の資本家とは? | sadaakikato.com
岡田斗司夫さんという人の『評価経済社会―ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』という書籍の紹介。

これからの社会は「お金」を価値の中心とした「貨幣経済社会」から、「評価」を価値の中心とした「評価経済社会」になっていくのではないかという内容だ。」