ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

資本主義の先?:サイバー空間・サイバー海賊・サイバー軍

『超マクロ展望 世界経済の真実』 水野和夫・萱野稔人 - ideomicsを受けて


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資本主義内において、ヘゲモニーが「陸→海→空」と移動してきたならば、その次の空間は、宇宙空間ないしサイバー空間だろうか。宇宙空間の覇権はさほど現実的ではないけど、サイバー空間の覇権はかなり現実的。ヘゲモニーの移動には戦争がつきもので、第一次世界大戦第二次世界大戦に「制空権」という概念が成立したとするならば、「制サイバー権」*1という概念が成立するのはこれからかしら。


サイバー軍については、Eric SchmidtのCEO降板とGoogleの行方 | JOURNAL | FERMATでも言及されている。

かつて飛行機の登場によって制空権が重視され空軍が新設されたように、ウェブの浸透はCyber Warを予感させ、第五軍としてのサイバー軍をも創設しそうな勢いにある。つまり、外交と軍事の場でも、インターネットを熟知し、インターネットの関係者にツーカーで話ができる人材は重要になる。

サイバー空間を海に例えてみる。大英帝国が海賊行為で富を蓄えたのと同じように、ハッキング=海賊行為で富を蓄える「帝国」もありうるかもしれない。次世代の仮想大英帝国。海賊(と海賊あがりの海軍)によって海を制した英国が、歴史に残る帝国を築いたのであれば、次の帝国はサイバー空間での海賊(と海賊あがりの軍隊)が築くという考え方もありうる。サイバー空間のヘゲモニーが次の時代の覇権をもたらす。インターネットはよくグーテンベルク印刷術と比較されることが多いが、この文脈では、むしろ大航海時代の新大陸発見に近い。


もちろん、サイバー空間を制するのが国家であるとは限らない。企業なり宗教なりソーシャルネットワークなり、はたまた個人なり、色々な可能性がある。少なくとも、サイバー空間が新たな「実空間」として浮上しているのは間違いない。リアルとバーチャルを分けて考えるのが無意味なことは既にコンセンサスだろうけど、どれだけサイバー空間をリアリティもって眺められるかは重要な分水嶺になりそう。


最近の若者は抵抗や反抗が少ないと言われるが、それは物質的な空間での反抗はあまり意味がないからかもしれない。衆議院サーバー進入や三菱の防衛事業へのサイバー攻撃などちょっと前に話題になったけど、反抗や革命に意味を持つのは、サイバー空間での行動とも言える。高杉晋作奇兵隊を現代にリバイバルするならば、ハッカーをそろえるべきだろう。モノレベルで反抗してもたぶん意味がない。


見田宗介さんは、『現代社会の理論』において、現代を「情報社会」と同時に「消費社会」と定義し、現在から近未来の社会の形を「情報消費社会」と捉えていた(提言していた)。つまり「モノ」ではなく「情報」を消費する社会。市場が、モノの取引ではなく情報の取引に向かっていくと。彼がこの著作を書いたのは、1996年というウェブが未だ勃興期のことだけど、理論的な考察からも同様の結論が導かれるということか。


ただ、高校生3人でチームラボ行ってきた記 - hephaの日記において

そもそも、産業社会と資本主義は相性がいいかもしれないけど、情報社会はそうじゃないと思ってるから、あまり資本主義に寄らない方がいいと思ってるんだよね。ベンチャーキャピタルも入れる気はないし。ただ最近は案外そうでもないのかなと思うこともあるかも。
産業革命後が産業社会で、情報革命後が情報社会とするでしょ。すると、情報革命前の会社というのは「買える」んだよね。つまり、株式を取得して会社を買うことが出来るわけ。情報社会でも確かに会社は「買える」んだけど、それは買うことにならない。価値が無形なんだよ。
トヨタを買ったらさ、そのままトヨタで儲けられそうでしょ。トヨタの価値っていうのは、工場だったり、販売網だったりするわけ。だから、それは「買える」。だけど、Googleを買ったところで、そのままじゃどうしていいかわからない。確かにサーバーとかはたくさんあるのかもしれないけど、人が抜けちゃったらGoogleとして儲けることは出来ない。逆に、Googleの上位陣30%が抜ければ、それで新しいGoogle2みたいなのが作れそうじゃない。でもトヨタの上位30%が集まっても、トヨタ2を作ることは出来ない。Linuxなんて、あんなにシェアを持ってるのに、会社である必要すらない。だから、情報社会は株式だとか資本主義にはあまり相性が良くないのかなと思う。

という猪子さんの意見もあり、情報空間が「資本」主義の次のステージになるかどうかは異論がありそう。つまり資本主義という考え方が成り立つのかどうかという点。


ドラッカーも同様の主張をしていた。ドラッカーはポスト資本主義社会のメインプレイヤーとして、知識労働者に注目し、知識が最大の武器になり、資本はその次の位置づけだと述べている。大きく儲けるファンドはこれからも在り続けるだろうし、新興国では大きな存在であり続けるだろうが、先進国で時代を作っていくレベルでの話しになると、ドラッカーや猪子さんの意見は確かに納得できるものはある。情報空間が「資本」主義の狩場になるかどうか。どうだろうか。


*1:非常に汚い表現だけど、便宜的なものとして