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「超・美術館革命―金沢21世紀美術館の挑戦」 蓑 豊

著者の略歴は
http://spysee.jp/%E8%93%91%E8%B1%8A/1315351/参照


金沢21世紀美術館を立ち上げ、動員数という意味で成功に導いたお話。新書という形式に合った、手軽ながら興味深い内容で、個人的にはなかなかのヒット。


著者は骨董商で数年丁稚奉公することからキャリアを開始したと言う。おそらくそのせいだろうか、キュレーション=商品陳列=セールス的なニュアンスを感じる。またアメリカで長く働いていた経緯もあり、やはり日本の美術館学芸員(キュレーター)とは相当に肌感覚が違うように思われる。具体的には、上記のキュレーション=商品陳列=セールス的なニュアンス。


民間の市場としてギャラリストが作品を売買する文化の中で培われる美術館と、そういった市場の乏しい(ほぼない)文化の中で培われる美術館。確かに、「お金で買えない価値がある by MasterCard」とも言えるので、何が正しいかといった問題ではないが、この社会で将来性があるのは・・・・どっちだろう。アートバブルと言われつつも、市場があることで作品の生成が促される。市場とはincubatorやgeneratorとも言える。


とそのあたりはよく言われることでもある。個人的に感じたのは、「アート」と言われるものが、どんどんと日常生活に近づいてきているという感触。ウォーホルが、キャンベルスープやブリロといった日常生活の品(の画像や模造品)を、アートマーケットで「作品」として並べたのであれば、その裏返しとして、アート「作品」を日常生活のスーパーマーケットで売ることも考えられると思ってみたり。


キュレーターとは販売員である。(どんな商品にせよ)販売員とはキュレーターである。と言ってみる。キュレーションというキーワードをネット関係で聞く昨今であるが、いわゆる小売・・・スーパーマーケットから家電量販店など・・・でも重要となってくる概念かもしれない。商品陳列にも、「物語」や「解釈」や「薀蓄」を。


アートマーケットからスーパーマーケットまでがシームレスにつながった世界を想う。そっちの方が、ゲイジュツゲイジュツするよりも健全な気もしたり。美術館とスーパーマーケットと家電量販店と自動車ディーラーとコンビニと、お互いにヒエラルキーを持たずにノウハウの交換ができたら、世界もちょっと楽しくなるかもしれない。




参考として