ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

鉄道デベロッパー

今週末は新潟で当直。いつも大宮駅を経由して新幹線に乗る。毎度思うのは、駅ビルって、ほんと活気が溢れてるなってこと。百貨店が衰退傾向にある中、駅ビルの売り上げは伸びているとか。まあ利便性を考えると、当たり前で、特に驚くことはないのだが。


最近つとに感じるのは、JRって最早鉄道会社というより、デベロッパーなんじゃないかということ。JRに乗るたびに安中榛名*1の広告はほぼ必ずといっていいほど見るし、ルミネやアトレの盛況もしかり。既にある鉄道駅を活かすだけでなく、開発したい土地にツールとして鉄道を通すという攻めもあるのかもしれない*2


JRだけでなく、デベロッパーとして鉄道会社を眺めるのが最近のマイブーム。鉄道とデベロッパーというのは、特に東京的(首都圏的)なトピックで、世界にプレゼンテーションしうる面白いテーマだと思う*3


地図見て、ここが開発できそうだとか考えるのは結構楽しい。新たに鉄道通すだけでなく、各駅や急行の止まり方を変えるだけでも、それなりに操作はできうるし。もう少しミクロレベルでも、駅ビルをどう設計するかとか、高架下をどう利用してマネジメントするかなどは、なかなかリアリティのある問題だと思う。鉄道という視点だけでなく、駐車場も含めて、モビリティの観点からデベロッパーの事業を眺めるのは面白い。


というのも、社会人3年目になって、身近な先輩が家やマンションを買い始めており、住居というのがリアリティのある話になってきたという背景があるのだ。


建築に多少の興味を持っていたけれど、いざ自分の住居の話になると、いわゆる有名建築家はおろか、個人事務所はそこまで関係あるプレイヤーとしてリアリティがないし、結局大方の人にとって、デベロッパーや大手住宅会社が直接のプレイヤーになる。そもそも住まいって、ハードとしての住宅より、まず立地が重要になるけど、立地にアプローチするのは、建築事務所ではなくて、デベロッパーや大手住宅会社。(もちろん、その組織の中では建築家の方々が何人も働いているわけであるが)


よくプロフェッショナルの例に、弁護士、会計士、医師、建築家など資格職が並ぶけれど、現在の建築家は、他の資格職に比べて、一般人からは直接個人の顔が見えにくくなっていると感じる。正確に言うと、アノニマスなサラリーマンと、スターなアーティストに二極分化しすぎているのでは、と。病院にかかっても、担当の医者とは名前で接するように、デベロッパーや大手住宅会社を通すにしても、もう少し個人名で建築家と接することができたら良いなと思う。そして、完全なフルオーダー建築と既製品建築の間に、セミオーダー領域がもっと拡大されればいいな、と*4


メディアで「建築家」というと、とかくスタープレイヤーが持ち上げられる。それ自体はいいけれど、建築家のイメージがそれで固定化して、建築家目指す人がみんな「格好いい建物つくりたいです!」みたいになってしまうと、正直「職能」としてはどうかなと思ってしまう。職業である以上は、基本的に仕事。やはりマーケットとか社会性、経済性も意識してこそ。ギャルソン着てウェリントン眼鏡かけた人ばかり増えても、職能として次の歴史の厚みは作られないのではないか。


そういった意味では、建築事務所といった「オーセンティックな」建築の文脈からではなく、デベロッパーという「亜流」から、建築の意味をや住まいの意味を問い直すといった作業は、今すごく必要なことではないかと感じる。マーケットの論理、資本の論理、建築の論理といったいくつかの論理の折り合いをつけていくこと。華々しさや格好よさはそれほどないかもしれないが、歴史の底流はそういったものの方を要求しているのかもしれない。

*1:長野新幹線の駅でJRが一帯を開発し、戸建を売り出している地域。あまり売れてはいないようだが・・・

*2:東急田園都市線のような

*3:動きあるものの追求という意味でバロック的なコールハース/OMA/AMOがショッピングや都市の無計画をテーマにしたのがセンセーショナルであった以上に、価値があるテーマだと思う。ヨーロッパやアメリカじゃ、あまりリアリティのないテーマかもしれないが

*4:野村不動産のマンションPROUDなんかではやっているそうだが