大文字の○○という超越概念
土居義岳のリハビリ建築ブログより
『読んでいない本について堂々と語る方法』: 土居義岳のリハビリ建築ブログ
つまり本は、目の前の一冊一冊の本でもある。しかし古今東西のあらゆる本が集合したその総体でもある。目の前の一冊は、その総体のある一部であり、部分冠詞がつけられ得べきようなものである。
であるなら「内なる建築アーカイブ」こそが建築であり、「建築」という超越であり、「建築」そのものなのである。これは20世紀初頭の近代運動における一種の建築イデア論とはまったくちがう位相にあるものであろう。
フランス現代思想界隈の話で、大文字の○○という超越概念に「死亡宣告」が与えられたといったトピックが多かったけれど、こういった考え方をするのは、新しい思考法か。