ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

1980年という境目

昨日は前の病院の同僚(大学の同級生)が東京に来ていたので、ひさしぶりに他の友人も交えて飲んだ。

彼は、音楽から自転車から写真からアカデミックから色んな分野に造詣が深く、相当な量の知識(単なる情報とは区別したものとしての知識)を持っている。紆余曲折を経ていて、同僚であるけど、年は4つ上の79年生まれ。


去年から色んな分野を知っている人だと思っていたけど、それは単純に才覚や4つ上というだけでなく、「世代差」というのも重要なファクターなんだな、と昨日改めて思った。たった4つだけれど、1980年を境にして、世代の差が生まれた気がしている。

彼が言うには、「僕ら(1980年前生まれ)はバブルの空気を知っている。」

バブルという言葉には、ニューアカデミズムやポストモダンの雰囲気という言葉も含まれていると思うが、この世代における「知っている」というのは、距離を置いた「知っている」であり、かなり批判的/批評的な要素を持った「知っている」と言えるだろう。


むしろバブル後の沈鬱した雰囲気で思春期を送った世代であり、彼の言葉で言うと「期待して挫折した、というより何も始めから期待していなかった」という感覚。経済や政治というハードパワーがあまりにも頼りない時代だったからか、文化的なものへの欲求がかなり強いのが特徴的だと思う※。そして、よく言えばハードパワーへのこだわりから解放された自由があり、悪く言えば少し覇気が足りない。

男に関してはそんな感じだけど、女の子に関して言えば、日本史上もっともプレゼンスが強かった女子達はこの世代かもしれない。コギャルに始まり、女子大生JJ文化、えびちゃんに代表される新保守主義的なファッション。だいたいこの世代がマスコミの話題を牽引していた。まぁこの辺もソフトパワーだけど。



1980年以降生まれは、思春期に新自由主義と呼ばれる思潮(おおまかには橋本政権あたりから始まり、小泉政権で確立された方向性)に浴しており、ハードパワーへの志向が強い印象だ。文化的なものよりは、経済や政治を重視する*。特に経済的なもの。僕は83年生まれだけど、少し年下の人たちにはより強くそれを感じる。よく言えば頼もしく、悪く言えばガツガツして圧迫感がある。そして、女の子にはある種の保守化が定着しているような気がする。結婚への向かい方とか。



特にどちらがいいというわけでもないけど、ある程度客観的見ないと、不毛な世代間の神学論争になりかねない可能性がある。ひな鳥が初めて見る対象を親鳥とインプリンティングされるように、我々も頭が柔らかい時期に触れた思潮にインプリントされていくわけだが、短期間に変化の訪れた時期には、世代差が短期間に生まれるのかな、と思った。



※もう二人79年生まれの男性と仲良くさせてもらっているが、こちらの方方も文化的な欲求がかなり強いし、76世代といわれる、はてな近藤社長なんかにも強く感じる。

*もちろん文化と政治や経済は切り離せるわけないけど、だいたいの傾向として。