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私は政治哲学者ではありません − 「暴力について・・・共和国の危機」 ハンナ・アレント

彼女はかつて、あるインタビューでこう言った。「私は政治哲学者ではありません。」

ハイデガーヤスパースと哲学真っ只中で学生生活を送り、一般に政治理論家として知られる彼女である。しかし、彼女が大切にしていたのは、政治にまつわる普遍的な理論や正解を見出すということではなくかった。その意味で、旧来の哲学や理論という言葉を嫌っていたのである。彼女が愛したのは、知識や理論ではなく、思索する営みそのものであった。


「暴力について・・・共和国の危機」は、表題のタイトルのエッセイふ含む数編のエッセイ集。ベトナム戦争公民権運動と、政治が盛んだった60年代にリアルタイムに書かれた評論的なエッセイで、当時の高級月刊誌に載っているようなものが中心だ。

時事的な話題に対して、何か理論や哲学を援用して裁くといった上段の構えではなく、事実を丹念に調べて、そこから自分の意見を紡ぎだしていく。自信と確信に満ちてはいるが、偉ぶった態度ではなく、事実や人の意見に、対等に対峙している。考え続けるという彼女にとっての中心的な倫理が貫かれている。

話題となるのは、ベトナム戦争でのペンタゴン・ペーパー(*)や黒人の子供と白人の子供を強制的に同じ校舎に通わせるという運動など。まさに時代の中心的な話であるが、彼女の包丁さばきは見事である。意見自体に賛成・反対はともかくとして、政治的な話題に対して何か物申す際の、まさにお手本的なエッセイと言えよう。個人的には、暴力と権力の違いに関して論じた部分は、文科省検定の教科書に載せてほしいくらいだ。

1970年以前の政治の季節、最後の花火と言えるかもしれない。



*政府が国民に対しても情報操作を行っており、それが翻って上層部への情報も操作されていたことが暴露されたもの。デイヴィッド ハルバースタム「ベスト&ブライテスト」に詳しい。