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サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

「モーツァルト交響曲集」 クラウディオ・アバド、ヨーロッパ管弦楽団

クラウディオ・アバドとはヨーロッパの表象representationである。そんな感慨がよぎる演奏。

カラヤンの後釜としてベルリンフィルを振っていたアバドだが、カラヤンの統制的なスタイルと対照的に、オーケストラ個々のメンバーが生き生きとするようにという配慮が行き届いたスタイルであると思う。ある友人は、彼らを評して、カラヤンは独裁的・全体主義的だが、アバドは共和主義的であると言っていた。

カラヤンの演奏にも、統制された緊張感の気持ちよさがあるのだが、やはりヨーロッパの歴史を踏まえると、アバドの姿勢がよりヨーロッパの理想を表象していると言えるだろう。現在は、ルツェルン祝祭管弦楽団を中心として、汎ヨーロッパ的にメンバーを集めている点など、本人の意識としても「ヨーロッパ」という抽象的な言葉が持つ意味は大きいに違いない。

カラヤンモーツァルトを苦手としていたが、やはりモーツァルトには統制や厳格さがあまり似合わないということなのかもしれない。この点、この演奏は、演奏者の自発性や楽しさみたいのが伝わってきて、より作曲家の気持ちに沿うような演奏であると思う。天国で喜んでいるに違いない。とはいえ、まだ堅さが残る部分もあるし、共和主義の持つ弱さというか、インパクトの無さ・無難さみたいなものもある。


EUが発足してから、文化的な意味でも「ヨーロッパ」を考える動きが活発化しているが、音楽の分野では、やはりこの人が本命であろう。彼の演奏には、かの地の理想とするものが詰まっている。いつまでも大切にしたい。