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ideomics

サブジェクト⇔オブジェクト思考ブロギング

「私は『小説家』だから小説を書かない」

前の日記で友達と"whatとwho"に関して若干議論になったところ、アルンダティ・ロイというインドの作家の話をふと思い出した。彼女は初めて発表した小説でブッカー賞英語圏で最も権威あると言われる賞)を受賞し、"タイガーウッズ的デビュー"と騒がれたのだが、処女作「小さきものたちの神」を出してからは小説を書くのを止めてしまったらしい。そしてその時のインタビューでの発言がこれ。

「私は『小説家』だから小説を書かない」

どこで聞いた話かはもう覚えていないが、小説を書くのをやめてからは政治活動とかしてると聞いた覚えがある。彼女の作品を読んだこともなければ、近いうちに読む予定もないので、何かしら批評めいたことはできるわけもないのだが、この一節が強く記憶に残っている。


おそらく、彼女の言う「小説家」というのは、小説という表現を通して社会に影響を与える「人間」のことであり、決してストーリーで人を楽しませることを職種とした人々を指すのではないということなのだろう。そんなとてもclassicalな小説家像(19世紀的?)。昔のような「小説」のあり方が半ば失われた現代において、小説を書き続ける行為こそ、彼女にとっては実に「反小説家」的行為ということのなのかもしれないと思ってみたりした(でもオルタナティブがあんまり思いつかないし、小説的な表現がゴアさんの映画のような影響を持ちうるのではないかとも思う)。解釈自体人によってわかれるだろうし、彼女の行為自体への賛否はあろうが。


と同時に、今はとあるコンサルティング会社に勤めている友人が学生のとき、ロイの話をしながら「○○さんも、私は『コンサルタント』だから、コンサルティングはしない。って将来言えたらスゴイよね。」と言ったことを思い出した。当時はロイの発言をただ変形させてみただけで、大して考えて言ったことではないが、最近それに相当するかもしれないと考えうる(と勝手に思っている)人のことを聞いた。直接の面識はなく、こちらもただ人に伝え聞いた範囲でしか知らないけれど。


渡辺健介さん
http://www.delta-movement.com/
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%84%E5%95%8F%E9%A1%8C%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A7%E8%80%83%E3%81%88%E3%80%81%E8%A1%8C%E5%8B%95%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8A%9B%E3%81%8C%E8%BA%AB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%8F-%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E5%81%A5%E4%BB%8B/dp/4478000492/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&s=books&qid=1196327626&sr=1-1


彼がどういう経緯でコンサルティング会社をやめて、今のスタジオを設立したのかは知らないけれど、自分はロイのような文脈を感じてしまったようだ(「正しさ」を主張しない限り解釈は自由だ)。コンサルティングの本質とか歴史とかを知らないので理由とかは正直ちゃんと説明できないし、がんばって説明すると長そうなんで、それは気の向いたときにでも。


それにしても「その種において完全なものはその種を超越する」(Johann Wolfgang von Goethe)ってテーゼはきっとどの世界にも通用するに違いない。そして、本質的なものはubiquitousであることも。